第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2023年
第28回入賞作品

10代の約束賞

逢いたい 田中 逢葵(17歳 高校生)

 「あいちゃんはね、本当は双子だったんだよ」
母からそう告げられた時、私はすぐに受け止めきれなかった。それと同時に、実は「バニシングツイン」であることも告げられた。
 「バニシングツイン」というのは聞きなれない響きだった。母は何も分からない私のために詳しく説明してくれた。
 「バニシングツイン」とは、「双子のうちの片方が妊娠初期の段階で、お腹の中で亡くなり、子宮へ吸収されることで消えたように見える現象」のことで、原因は分かっておらず、十パーセントから十五パーセントの確率で起こるという。また、残った赤ちゃんは低出生体重児として産まれたり、最悪の場合は死に至る可能性があるらしい。
 私はそう説明を受けて、ハッとした。なぜなら私は、二千五百グラム未満で産まれた低出生体重児であったからだ。まさか低出生体重児であることがバニシングツインと関連していたとは思ってもいなかった。母が私の手を握って言った。
「お母さんね、あいちゃんが産まれてきてくれて本当に嬉しかったの。あの子が急に見えなくなった時、自分を責めて、追いこんで、毎晩泣いた。でもね、エコーを撮る度に少しずつ成長しているあいちゃんを見て、この子のために頑張ろう、生きよう、と思えたの。だからね、ものすごく感謝してる。ありがとう。」
 そんなに苦労して、私を産んでくれたんだ。ありがたさと共に申し分けなさが入り交じって、いつのまにか涙が溢れていた。泣き止むまでの間母は私の頭を撫でてくれた。その手の温もりに胸がいっぱいになった。
 泣き止んで心が落ち着いた私は、母に聞きたかったことがあって、少しためらう気持ちがあったが聞こうと決心した。
 「ねえ、お母さん。その子の名前って何だったの?」
母は答えた。
「やっぱり聞きたいよね。その子の名前はね、『逢心(あこ)』っていうの。お母さんね、どうしても二人の名前に『逢』という字を使いたかったの。」
「どうして?」
「それはね、人との出逢いを大切にする子に育ってほしかったから。そして、『逢葵』は向日葵のように輝く笑顔で溢れるように、
『逢心』は感受性豊かな心を持つ子に育つように、という意味がそれぞれ込められているの。名前を考えるの本当に大変だったんだから。」
 母は笑って言っていたが、その表情には切なさが垣間見えた。こんな質問するべきじゃなかったかなと、少し不安になった。
 私はこの話を友達や先生に一度も話したことが無い。決して言いたくないわけでは無いのだが、なんだか言ってはいけないような予感がして。
 自宅にいる時にふと思うことがある。もしも逢心がいたらどんな生活を送っていただろう、と。そう思うと、切実に逢心に逢いたい気持ちが大きくなる。もう叶わないのに想ってしまうのだ。
 一生懸命生きて、後悔の無い人生を送ること。それは、母と逢心とそして自分自身と交わした一生続いていく約束。私が毎日高校に持っていく手帳にも記しているぐらい、大切なこと。
 逢いたい。またその想いがカムバックした時、どこからか少女の笑い声が聞こえた気がした。