2023年
第28回入賞作品
佳作
今、そしてこれからの僕へ 三好 大雅(16歳 高校生)
僕には妹がいます。自分が小学一年生のときに障害を持って産まれてきました。ダウン症でした。
ダウン症とは、二十一番目の染色体が通常二本のところ、三本あるために起こる生まれつきの疾患のことで、発育の遅れ、精神発達の遅れなどの、知的障害と様々な身体的異常がみられる病気です。
妹は最初、心臓に穴が開いた状態で産まれてきました。これは、心室中隔欠損症といい、ダウン症などの染色体異常では合併することが多くあります。妹は産まれてまだあまりたっていない頃に数回手術を受けました。そこから何年かは入院や治療などを繰り返していました。まだ小さいのに胸部に手術跡があり、病室で鼻から管を通したりしている姿を見て、僕はとても可哀想でなりませんでした。
当時小学校低学年だった僕は、ダウン症のことも他の障害のこともよくわかっていませんでした。だから、障害のある方々に対する心の持ち方や接し方などがよくわかりませんでした。でもある日、テレビで、ダウン症の子を持つ家族について放送されていて、そこでダウン症の弟を持つ兄がこんなことを言っているのを見ました。「他の子達よりも成長が遅いなら、その分小さい時の弟を多く可愛がれるじゃないか。」と。私はこの言葉を聞いた時、体に衝撃が走ったような気がしました。今まで持っていたダウン症などの障害に対するマイナスのイメージが、いっきに吹き飛んでいきました。同時に、こんな考え方があるのかと気づかされました。それ以後は、考え方がすっかり変わり、障害を障害としてみるのではなく、それも一つのその人の個性なんだと思うようになりました。また、妹と接する時間も増えました。妹だけに関わらず、同じ時間は一度しか流れないので、その時その時を大切にするようになりました。そうしたことで、以前よりも日常生活が少しだけ豊かになったような気がしました。
現在僕は十六歳で、妹は十歳の小学四年生になりました。周りの子達とくらべると、やはり少し小さいし言葉もまだまだつたないけれど、毎日元気に学校へ行っています。親の仕事の関係で、放課後や休日に児童を預かってくれる施設にも行っていますが、帰ってきた後毎日その日にあったことを楽しげに話しています。そんな日々を過ごしていた時、昔にこんな記事を読んだのをふと思い出しました。「ダウン症をもつ人々の九十パーセント以上が、毎日幸せに思うことがある」という記事です。その内容は、厚生労働省の研究班がダウン症のある人を対象に行った大規模アンケートの結果で、「毎日幸せに思うことが多いか」と、「仕事をしていて、満足な気持ちがありますか」という質問の二つともが九十パーセント近くあるというものでした。
僕はこの記事を読んで、当時はこの結果があまり信じられなかったのですが、妹の姿を見ることでそれを実感しました。今となっては、もう妹のことをダウン症があるということを意識してはいませんが、昔も今も、そしてこれからも、何があっても自分が支え、ゆっくりと成長を見守っていられる兄であり続けようと心の中で強く自分に、約束をしました。