2023年
第28回入賞作品
佳作
未来への約束 平田 菊子(68歳 会社役員)
コロナウィルスの流行も落ち着いたので、そろそろ旅に出ようということになった。
失効したパスポートを取り直し、スーツケースを引っ張り出したらキャスターの車輪がガクンと割れた。振り返れば最後に海外へ行ったのは十年前。劣化するのも無理はない。
久々の海外旅行は近場を選び石垣島のすぐ先の台湾に行くことにした。
空港でツアーのメンバーと顔を合わせる。
なんと私たち夫婦は若いほうで、メンバー十一人のほとんどが七十代後半から八十代。最高齢は九十才だった。「最後まで無事に行けるかしら」と夫と顔を見合わせてささやきあった。
しかし、実はこの後期高齢者たちは世界中を巡ってきた熟練のトラベラーだということが、円卓で食事を重ねるとわかってきた。
コロナ自粛明けの足慣らしにこのツアーを選んだという。
つねに一人旅をする七十代の男性は、荷物はどんなときも機内持ち込みサイズ一つにしているという。それなのにレストランには、ジャケット着用で現れる。凄いパッキング技術だ。
八十代の女性は、いつも旅先で花をスケッチして旅の絵日記を作るのが楽しみだとか。
コミュニケーション能力と自己管理能力に優れ、しかも食欲と好奇心一杯な旅の先輩方に、出発時の懸念は消えて憧れさえ感じるようになっていた。年長者に教えてもらう経験は久しぶりのような気がした。
楽しい旅が終わり、空港で預けた荷物を引き取った人から流れ解散となった。
数日間の旅の仲間が口々に言う。
「お世話になりました。楽しかったです」
「ありがとう。またどこかでお会いしましょう」
「どこかでまた!」
スーツケースを引いて歩き出しながら、
「もう二度と会うことはないのにな」
と、夫が言った。
確かにそうかもしれない。お互いに連絡先を交換してもいない者どうしの口約束だ。
だが、突き詰めれば無意味なこの約束は、旅の終わりのちょっとわびしい気分を前向きにさせる。旅行マニアならではの、しゃれた別れの言葉だと思った。
空港ビルのフロアを歩きながら、わたしは不思議な感慨に浸っていた。
これまでのわたしの人生に、大きく関わって支えてくれた人との別れに向き合ったとき、わたしがなんとか心の底から探し出した言葉は、今さっき旅の仲間と交わした言葉とそっくり同じだったのだ。
少女の頃、児童養護施設の先生と児童として出会って以来、わたしにとって実の母にまさる母だった人。子供を持たなかった先生はわたしに人生の知恵や知識を惜しげなく伝えてくれた。なにより、どんな時も揺るがない味方であり続けてくれた。やがて先生は老いわたしも髪に灰色が目立つようになった。
病室のベッドの脇で先生の手をさすりながらわたしは言った。
「お世話になりました、ほんとうにありがとうございました。きっとまたお会いしましょうね」
数時間後に安らかに亡くなったと聞いた。
この約束が果たせるかどうか自分が死んでみないと分からないが、ひょっとして来世の街角で、
「あの、もしかして、どこかで会いましたよね?」
ということがあるかもしれない。
この世を旅立とうとする人を見舞うとき、わたしは真剣に約束する。
「必ず、またどこかで」
命の旅の終わりに交わす約束は、未来への約束だ。