2023年
第28回入賞作品
佳作
おばあちゃんの一番弟子 梶原 光莉(11歳 小学校)
小学五年生の時、子供のままで生きていけなくなってきたと感じたことがあった。小学一年生までは可愛いとか、お利口さんだとか、とにかく周りの大人がほめてくれる日々だった。でも小学生も高学年になると、そんなことを誰も言ってくれなくなった。むしろ、人と比べる人生が始まってくると実感する。○○ちゃんは勉強ができる、○○ちゃんは、全国大会に出場する。○○ちゃんは、学校で表彰された。成長するにつれ、小学一年生まで親や周りが思い続けてきた期待が消え、現実と向き合っていくことになる。親が他の人をほめる話を聞くと、私の心の中に黒く、もやっとする影が生まれる。
そんな悩みをおばあちゃんに話をしていたことがある。父のお母さんでもあるおばあちゃんは、私の話をウンウンとうなずいて、いつも話を聞いてくれていた。おばあちゃんは人生の達人で私の先生だ。そんなおばあちゃんが体調を崩して入院した。病院へお見舞いに行ったとき、おばあちゃんが優しい目で私に言った。
「光莉ちゃん。生きるコツは、他人と比べないこと。他人と比べれば、比べるほど自分が苦しくなっちゃうよ。自分の足下をちゃん見てね。光莉ちゃんは今で十分、幸せな環境だよ。元気に生きるんだよ」。
「うん、分かったよ、おばあちゃん」。
反射的に返事をした私だったが、おばあちゃんの言うことが当時は、いまいち、分からなかった。実感がわかなかったのだ。
桜がピンクの花を咲かせる今年の春におばあちゃんが病院で亡くなった。七十三歳だった。私のおばあちゃんがもういなくなってしまった。
四十九日の法要が終わった後、父に連れられ、おばあちゃんの部屋を訪れると、『農業日記』というタイトルで小さな緑色の日記が四十冊以上、本棚に並んでいた。一冊、一冊、ページを開くと、そこには、その日に起こった出来事とある言葉が赤い字で記されていた。「他人と比べない。比べるべきは、昨日の自分。昨日の自分より楽しく生きられた?自分らしく生きられた?」。おばあちゃんは、毎日、毎日、日記の終わりにこの言葉を何十年と書き続けていたのだ。入院した時の日付を探したら、日記には、弱々しく震える文字で「他人と比べない。昨日よりも一段と優しくなっている光莉ちゃん、頑張れ」と書いてあった。私の涙は止まらなかった。
『そうか、おばあちゃんの言いたかったのは、このことだったんだ』と私は気づいた。比べるのは、昨日の自分なんだ。人と比べると、嫉妬や憎しみの感情で、自分の気持ちがぐらついてしまう。優越感にひたりたくなる自分が出てきてしまう。『そうじゃないんだ』とおばあちゃんは教えてくれた。
まずは自分が変わることから始めよう。父に頼んで帰省の道すがら、私は、日記を買ってもらった。表紙の裏に赤のマジックペンで大きく太い字でこう書いた。「他人と比べない」。
さぁ、今日の光莉。昨日の光莉に負けないぐらい、楽しんでいこう。おばあちゃんとの約束を胸に、一日、一日を大事に生きていこう。なんてったって私は、おばあちゃんの一番弟子なんだから。