第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2022年
第27回入賞作品

プロミスお客様サービスプラザ賞

彼女からの約束 増田 晴奈(17歳 高校生)

 「え、私もなんだけど。」
 彼女のその一言は、それまで私が感じずにはいられなかった、彼女との大きな隔たりを、一瞬にして埋めてしまった。
 中学一年生の春、彼女の、友達になろうの一言で私たちの友情は始まった。さっぱりとしていて明るい性格の彼女は、一緒に居ると笑顔が絶えなくて、すぐに親友と呼べる仲になった。しかしその友情は常に、どこか劣等感と共にあった。内部進学でいつも誰かに周りを囲まれ、テストは常に八割以上をキープ。加えてテニスは九州大会に何度も出場するほどの実力を持つ彼女と、外部進学で友達が少なく、平均点を維持するのがやっと。部活動も「出場」としか記録に残せないような私。どんなに意識を逸らそうとしても、彼女と比べずに隣を歩くことなんてできなかった。だから、三年になって、将来の夢が同じ『医師』であることが分かった時に初めて、彼女の隣を歩く自分に自信を持つことができた。このたった一つの共通点でやっと、私は彼女と同じ舞台に立つことを許されたようだった。
 そうして駆け抜けた高校入試までの日々は、テストの点数をはじめとしたありとあらゆるものを競い合って過ごした。それまで勉強することに苦しさを感じていた私も、競い合う中で楽しさを覚えるようになった。その結果入試直前には彼女と渡り合えるような成績まで上げ、無事に二人の合格が分かった時、人の目がありながら抱き合って喜んでしまった。
 高校に入学してクラスが離れてしまっても彼女と過ごした日常だけは、絶対に変わるはずがないと思っていた。高校の、膨大な知識を前に目に浮かぶのはいつも、努力することをやめない彼女の姿だった。彼女も今きっと頑張っているはずだ。そう言い聞かせてペンを動かし続けても、学習内容が深まるにつれて理解が追いつかない問題は増えていく一方だった。大学入試が現実味を帯びていく中で、たった一つ、このままの私では、絶対に医師になれないということだけが確かだった。現実に向き合わなければならないとき、思い出してしまう彼女と高めあった日々が眩しくて、苦しい。気づいたときにはもう、『医学部受験』という言葉は夢から恐怖へと姿を変えていた。
 私が学校を休みがちだと、多分誰かから聞いたのだと思う。スマホの画面に彼女の名前を見たとき、緊張が走った。折角持てた一つだけのお揃い。それなのにそれを自分の手で潰してしまうことに、彼女は絶対に失望すると思ったし、それだけで埋まっていた私たちの隔たりが、また大きく開いてしまうような気さえした。「もしもし?」携帯越しに、久しぶりに彼女の声を聴いた途端、言わないつもりでいた思いを全部、ぶちまけてしまった。
 「医学部を目指すことが辛いんだったらさ、一度白紙に戻してもいいんじゃない。だけど、夢を見つけたときにすぐに手が届くように、努力することだけは絶対にやめないで。これ、私とあんたの約束ね。」
 『努力することだけは絶対にやめないで』それはあの日の私にとって何よりも必要だった、彼女からの約束。励ますのではなく、慰めるのでもない。あの日の私が前を向けるようにと彼女がくれた、優しさで溢れた約束。そしてその、たった一つの約束があるから、今も私は前を向いて走り続けられる。
 彼女に絶対に負けたくないのは、彼女が単なるライバルだからではない。私にとって彼女が、永遠の憧れであり、かつて同じ夢を追いかけた同志であり、最高の刺激をくれる親友だから。そして今、言葉の魅力に取り憑かれた私は文学部を目標に、彼女は変わらず医学部を目標に進み続けている。もう別々の方向に進み始めた私たちは、受験教科の違うテストを見せ合って競い合うことは難しい。それでも絶対に負けたくないのは、いつか私が、夢に手が届いた姿を見せたいから。そして、彼女が夢に手が届いた姿を見たいから。