2022年
第27回入賞作品
10代の約束賞
二度目の約束 井上 瑛仁(17歳 高校生)
日本史、それは私の大好きなものだ。私は日本史との出会いを今でも鮮明に覚えている。
小学三年生のクリスマスの日、目を覚ますと枕元には一冊の本が置かれていた。ただの一冊の本だった。しかしその一冊の本は私を日本史の虜にするには充分すぎた。それからの私の小学校生活は日本史漬けの毎日だった。学校のある日は図書室で日本史の本を読み漁り週末は父に跡城や博物館につれていってもらう日々が小学校卒業まで続いた。そして迎えた小学校の卒業式の日、私はその日まで訪れた博物館の中で一番心に残った博物館「京都国立博物館」に今度は学芸員として戻ってくることを自分自身と約束した。
しかし中学校に入ると小学校には無かった定期テストや部活動などが忙しく、だんだん日本史に触れる機会も減っていった。中学では剣道部に所属していたが、最初は日本の文化である剣道をすることで、大好きな日本史とすこしでも触れていたいと思い入部した私も時が経つにつれてだんだん剣道のスポーツとしての側面に惹かれていった。それから部活動に力を入れて過ごしていると、あっというまに中学三年生になっていた。中学三年生といえば進路選択の時である。当然私も受験する高校を選ぶ時が来た。私は高校ではもっと良い環境で剣道をするために現在通っている学校を単願で受験し合格した。私の家の近くの高校には歴史研究部という部活があり小学生の私は中学校を卒業したらその高校に入り歴史研究部に入部しようと考えていたが私の心の中には小学校の卒業式の日に約束をした私はもういなかった。
高校生になり、より部活動が忙しくなると高校一年生で学べる科目に日本史が無かったこともあり、私は日本史が大好きだったことすら忘れてしまっていた。高校でも将来のことを考える機会は何度もあった。しかし私はいつしか進路アンケートなどにも税理士と書くようになっていた。こうして私は高校生活をおくっていたが高校一年生の一月私は突然原因不明の体調不良に見舞われた。近所の病院で診察を受けたが原因は判明せず大学病院での検査を勧められた。そして検査を受け、結果を知った私は金槌で頭を叩かれたような衝撃に襲われた。
私は国指定の難病だった。それからの生活は当たり前だったことがなに一つとして当たり前ではなくなってしまった。学校にも通えなくなり、剣道も続けられなくなってしまった。その後私は抜け殻のように入院生活を送っていたが五月に手術を受け六月には退院することができた。そして七月四日、数ヶ月ぶりに登校した私は高校二年生に進級して初めての授業を受けた。
その教科は日本史だった。一年生の科目に日本史が無かったため、しっかり日本史に触れるのは数年ぶりだったがすぐにあのときの記憶や感情がフラッシュバックした。そう、あの小学三年生のクリスマス。私が初めて日本史に出会った日のことである。そして私は再度思い出すことができた。それは私は日本史が大好きだったということだ。
そして私は今までの人生を振り返り、「なぜ自分は日本史が大好きだということを忘れてしまっていたのか。」について自問した。結果私は一つの結論に行きつくことができた。それは「自分の好きなこと」で食べていけるのかという迷いである。その迷いが私を税理士という高収入な仕事に惹きつけたのだった。
しかしどんなに収入が多くても自分の気持ちに嘘をつき続けるのはとても辛いことだと私は税理士になるための勉強をしていて感じた。たしかに好きなことを仕事にするのは楽なことではない。だが大好きな日本史が病気で苦しんでいた私の心に光を灯してくれたように好きなことにはその人を動かす力がある。
だから私は「自分に嘘をつかない、自分の気持ちに正直になる。」ことを誓い自分自身と二度目の約束をした。