2022年
第27回入賞作品
佳作
一生涯の約束 後藤 里奈(34歳 高校教諭)
忘れもしない、二〇一一年三月十一日。当時大学卒業を間近に控えていた私は、春から勤める都内の高校で研修を受けていた。そしてその最中、未曽有の大地震に見舞われた。希望に溢れた春が悪夢と化した瞬間である。
教師になることは、長年私の夢であった。いや、私だけではない。高校時代からの親友と一緒に目指してきた夢でもあった。
彼女と初めて出会ったのは、高校一年の春。内向的だった私に、度々話しかけてくれたことがきっかけだった。行動的で責任感の強い彼女と、何事もマイペースな私。性格の正反対な私たちは、だからこそなのかすぐに打ち解け、良きライバルであり親友となった。私にとって、互いの欠点も遠慮なく言い合えるような真の友人は、彼女だけであろう。やがて進路決定の時期を迎えた私たちは、自分の将来について真剣に考え始めた。彼女の夢は、地元で小学校の先生になること。心優しく面倒見のよい彼女にはぴったりの職業だと思った。一方、まだ進路を決めかねていた私は、憧れの職業をすべて紙に書き出してみた。そしてある時彼女に、どれがいちばん自分に向いていると思うか尋ねたところ、彼女は「教師」と即答した。「常に冷静で、人に流されないところが向いていると思う。」と言ってくれたのだ。友の意外な言葉に背中を押され、一年後、彼女は地元の教育大学に、私は東京の大学にそれぞれ合格。その後もお互いの夢は変わることなく、四年後、彼女は母校の公立小学校に、私は都内の私立高校に就職が決まった。同じ夢に向かって努力してきた成果がようやく実を結び、喜びはひとしおだった。
しかし、その喜びは一瞬にして壊されてしまう―。その日、勤務校で研修中だった私は、突然の激しい揺れに驚き、他の職員・生徒とともに近所の公園へ避難した。その後すぐに岩手の実家へ連絡し、家族の無事を確認して安堵したのも束の間、私は地元にいる親友のことが心配になった。何度もメールと電話を入れたが、いくら待っても返事が来ない。最悪の事態が頭をよぎるのを必死に打ち消しながら過ごした数日後、訃報が届いた。
彼女はその日、近所の学童でボランティアをしていた。子供達と外で遊んでいると、異変に気づいた。沿岸部に位置するその地域では、津波の心配があったため、すぐに避難指示が出た。町の人達も「早く逃げろ」と声を掛け合っていたが、責任感の強い彼女はその声に一切耳を貸すことなく、最後まで子供達を誘導していたそうだ。そして、無事にすべての子供達を避難させた直後、津波に襲われた。彼女の無念、恐怖、悔しさを思うと、胸が張り裂けそうになり、私はしばらく深い悲しみから立ち直れずにいた。どんな時も共に励まし合ってきた同志、唯一無二の親友は、もうこの世にいない―。
生きる意味や希望さえ失いかけていたある時、私は今まで彼女に貰った手紙の数々を読み返していた。言葉の端々に表れている強い意志、教職への情熱に触れ、はっとさせられた。私はまだ「立派な教師になる」という彼女との約束を果たしていない。遺された者として、私はこの約束を生涯かけて守っていく使命がある。
人は、生きてきたように死んでゆく―。子供達のために自ら犠牲となった彼女の人となりを思うと、しみじみそう感じる。教壇に立つことは叶わなかったが、命懸けで自分たちを守ってくれた彼女のことを、あの時の子供達は決して忘れないだろう。その魂は、幽明境を異にしてなお、確かに息づいている。
あれから十二年。故郷の津波到達地点には毎年桜が植樹され、過去の教訓を後世へ伝えると同時に復興のシンボルとなり、私たちを見守ってくれている。壁に突き当たる度、「彼女の分も頑張らなければ」と、自分自身を奮い立たせている。二人の約束は、終わりなき挑戦でもあるのだ。未来を担う子供達のため、奮闘する日々はまだまだ続く。