2022年
第27回入賞作品
佳作
繋ぐ、想う 江田 日和(16歳 高校生)
鼓動が高鳴る。まだ、冷え切った朝の空気を深呼吸して一気に吐き出す。あと、三十メートル。
「ラスト、ファイト!」
あと、五メートル。徐々に私の足は動き出す。
「お疲れ様!」
真っ赤に燃えるような色の襷を受け取り、体に通して結びつける。そうして私は約束の場所へと走り出していった。
「駅伝、走りたいか?」
顧問の先生が私に問う。
「はい!走りたいです」
ついに、待ち望んでいた機会が訪れたのだと私は歓喜した。小学生の頃に始めた陸上競技。中学生時代、陸上部が学校になかった私には部活動に入るということ自体が憧れで、団体競技である駅伝の一区間を任されるなど、夢のまた夢であった。だからこそ、顧問の先生からの誘いを受けたときは天にも昇る思いだった。走っても走っても叶わなかった、襷を握り、繋ぐこと。中学生時代の友人が皆、市の中心部の高校へ進学する中、親の反対を押し切ってまで私はその夢を叶えるために郊外の高校へ進学した。
「遠い学校に行って、勉強と両立させるっていう約束は絶対にできるの?そんな覚悟をあなたは持っているの?」
母が強い眼差しで私を諭す。
「好きなことをしたいから。私、何があっても絶対に走るのをやめない。陸上も勉強も、絶対、全部諦めないから」
その眼差しに挫けてたまるものかと強い信念を持って見つめかえした。そんな約束があったからこそ、私は必死で走り続けた。足が引きつり、口腔には血の味が広がり、肺にひびが入るくらいに追い込んでタイムの更新を求め続けた。全ては襷を握るため。全ては仲間と共に走るため。そして、十二月の冬晴れの朝。私はスタートラインに立った。四人で区間を繋いでいく中、私は三区を任された。スタート前の緊張に手先が震えて、自分は相変わらず臆病者なのだなとふっと息を吐いて落ち着かせた。不安げな私に四区を走るチームメイトが声をかける。
「楽しもう、ね。リラックスして、ここにまた戻ってくればいいだけなんだから」
「楽しむ。うん、そうだね。余裕なくなっちゃうかもだけど、絶対戻ってくる」
「約束だよ」
「もちろん!」
また、大きく息を吸って吐く。大丈夫、やっと叶えた夢なのだから。あとは、楽しむだけ。二区の仲間が息を荒くして懸命に駆けてくる。
「ラスト!ファイト!」
仲間を励ますと同時に自分を奮い立たせるために力いっぱい叫ぶ。手を伸ばし、深紅の襷を握る。それが私の夢を手にした瞬間だった。道が真っ直ぐに開け、私だけの走路がただ、ひたすらに広がる。私は風になったように冬?(ふゆかもめ)と並走して進む。沿道の声援が金色の星屑のように降り注ぐ。なんて幸せで素敵な夢舞台なのだろうと足が羽のように軽くなる。そうしている間にも残りは一キロ半、一キロと縮まっていく。ああ、まだ走っていたい。どこまでだって走っていけるのに。惜しい気持ちを押し込めて、仲間が待つ約束の地へと足を進める。どれだけ苦しくても、歩みを止めたくなっても、その先には必ず虹がかかっている。私は知っているのだ。走るということはたった一人で道を進むこと。けれど、その中には母の、仲間の、沢山の人の想いと約束の軌跡がある。あと、百メートル。四区を走るチームメイトが両手を広げて私の名前を叫ぶ。もっと、もっと、もっと速く、前へ、強く。私は進む。あと十メートル。手に巻き付けた襷をぴんと張って前へ伸ばす。あと、一メートル。仲間が襷を掴み、私はぐっと押し込むように受け渡す。終わってしまった。しかし、私は道が開ける限り走り続ける。スタートの号砲は今、鳴ったばかりだ。