第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2021年
第26回入賞作品

プロミスお客様サービスプラザ賞

小さな約束 岡本 愛梨(34歳 自営業)

 「お母さん、ありがとう。」
ありきたりかもしれないけれど、私が母にたくさん伝えるように心がけている言葉だ。

 私は小さい頃、親の手を焼かせる活発で元気な子どもだった。
しかし、小学5年生の冬にとある難病を発症した。入退院を繰り返し、学校に行けない日々が始まった。
 母はどんな時でも病院に来て、私に小さな
約束を残して帰ってくれた。
「次の治療頑張ったら、下の売店まで行ってみような。」
「退院したら、あんたが好きなオムライス食べに行こうな。」
そんな母からの小さな約束が小学生の私にとって生きる希望になっていたのだ。
どんなに苦しくて辛い治療にも耐え切れた。
2つ上の姉と、8つ下の弟の3人姉弟で育った私は、その時ばかりは母を独り占めしているようでなんだか嬉しかった。

 投薬治療が続き、副作用で顔がパンパンに腫れあがる症状が出た。
思春期だった私には、とてもショックで恥ずかしくて人に会う事さえも嫌になってしまった。
 今度はその事を理由にいじめが始まった。
その事を誰にも言えず「毎日めんどくさいから、もう薬は飲みたくないわ。」と強がって母をとても困らせた。
朝昼晩必ず飲まなければいけない薬なのに、隠れて飲まなかった事があった。
その結果、病気は悪くなる一方で、医者から「このまま薬を飲まないなら20歳まで生きられない。」と言われて、再び入院する事になってしまった。
「なぜ私がこんな思いをしなければならないのか。薬を飲んでも飲まなくても辛い。」という感情だけが行ったり来たりし、母に当たり散らしてしまった。

 そんな中、一時退院が許された時があった。
母は「車椅子じゃなく、みんなと同じように歩いて登校したい。」という私の願いを叶えてくれた。
3mほど歩いては、座って休憩をしての繰り返し。たった1.3㎞の道のりがとても長く思えた。
仕事がある日も大雨の日も雪の日も、母はいつも一緒に早起きし、時間をかけて私の登校に付き添ってくれた。

 小学6年生の秋には、起き上がる事も出来ないくらい容体は一気に悪くなった。
「卒業式はだめでも、中学校の入学式に制服を着て出たい。」
それが、私のたった一つの望みだった。
医者からは厳しいだろうと言われていたそうだ。その時、母が言った。
「そうや、あんたが元気になったら中学校の制服作りに行かなあかんなぁ。始業式に間に合うようにせなな。一緒に行こうな。」
母からのその小さな約束は、大きな希望を与えた。
私は小学校の卒業式に出席し、中学校の入学式にも制服を着て出席する事が出来たのだ。
さすがに採寸は間に合わなかったので、少しブカブカの制服だった。
それでも私は涙が出るほど嬉しかった。
 中学校に上がってからの私は入退院の回数
も少しずつ減り、おとなになった今では3ヶ月に1度の通院程度まで回復した。

 本当に母には感謝してもしきれない。
世の中にはきっと、生きる希望を与える約束がある。きっと、人を生かす約束がある。
母との小さな約束があったから、今私はここにいる。ここで生きている。
 「お母さん、ありがとう。」