2021年
第26回入賞作品
佳作
おじいちゃんとの約束 野村 俐文(16歳 高校生)
毎年十二月に入ると、車にスノータイヤを積み込み祖父の家に行く。祖父にタイヤ交換をしてもらうためだ。そして春休みにはスノータイヤから普通のタイヤへ交換してもらう。私は小さい頃からそれを見るのが大好きで必ず一緒に車に乗って付いて行く。そして作業をする祖父の後ろをついてまわっていた。祖父は車関係の仕事ではなかったが、車が好きで三級の自動車整備士の資格を持っている。車に興味のある私に、毎回車の構造やジャッキアップの仕方、タイヤのローテーション、ホイールのバランスのことなど説明しながら作業をする。小学一年生くらいの頃から祖父にナットや工具を手渡しする役割などを頼まれるようになった。それまでずっと危ないからと手伝わせてもらえなかったが、役割をもらえ嬉しかったのを覚えている。タイヤ交換にかかる時間は、タイヤや工具の準備から片付け、それと祖父の解説つきなのでいつも二時間半ほどかかる。冬のタイヤ交換は終わると体が冷え切りガタガタになる。終わる頃を見計らって祖母が砂糖たっぷりの甘いコーヒーを入れてくれる。温かいカップで冷たい手を温めながら
「大きくなったら家のタイヤ交換はお前に任せるぞ。最後必ずナットは確認することよく覚えておけよ。」
と言うのが祖父のお決まりの文句だ。もちろんそのつもりである。しかし気恥ずかしくて返事はいつも心の中でする。タイヤが変わると乗り心地も変わる。自宅へと帰る車中、タイヤが変わった感触を確かめる。
数年前の秋、祖父が病気になり入院して手術することになった。手術は成功し年末には退院して家に帰ってきていたが、急に?せてしまった祖父をみてびっくりした。その年のタイヤ交換はカー用品店にお願いした。大きな機械を使って車全体をリフトアップし、家にはない便利な工具を使って一時間半くらいで作業は終わった。最後にナットがきちんと閉まっているのかを確認して完了だ。簡単で寒い思いもせず楽だったがなんとなくつまらなかった。
翌年もお店でタイヤ交換をしようとしていたころ
「寒くなってきたからそろそろ交換するぞ」
祖父からお誘いがきた。祖父も私達とのタイヤ交換を楽しみにしているようだと祖母から聞いた。私はソワソワしてきた。タイヤを運んだり、片づけるのは私と弟でやることにした。なるべく祖父に負担をかけないようにするためだ。重いタイヤもコツを掴むと上手く積み上げることができるようになった。また準備や手順もだんだん覚えてきて、私が
「はい。次はこれ。」
と手際よく工具やナット差し出すと
「覚えてきたなー。」
祖父はニヤリとした。車のジャッキアップは一番緊張する。ジャッキをあてる場所や高さや位置調整はまだ祖父の指示がないと不安だ。ナットの緩め方や締め方も調整が難しく自分ひとりではまだ無理である。
今年祖父は八十歳になる。病気も良くなり元気に過ごしているが、少しずつ体力は落ちてきている。私は祖父が病気をしてからずっと考えていることがある。祖父が元気なうちに、祖父からタイヤ交換の技術を引き継ぎ自分ひとりでできるようになりたい。一度も返事をしていない祖父との約束を一人でタイヤ交換できる姿を見てもらうことで果たしたいのだ。その為に今年もまた祖父とタイヤ交換をして一人で出来ることを一つでも増やしていこうと思う。
将来は祖父のように自分の子供や孫と一緒にタイヤ交換をするのが夢だ。