第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2021年
第26回入賞作品

大賞

未来の僕との約束 前田 海杜(14歳 中学生)

 「私、何になりたいとかの前に、大人にちゃんとなりたいなあ。生きていたいなあ。」
 僕が「なりたい大人」というテーマで作文を書こうとして、でもタイトル以外白紙のままだった原稿用紙を見て、妹がこう言った。
 妹は重症仮死で生まれた。NICUにて救命措置を受け、まもなく指定難病と診断された。命に関わる発作を抑える為の治療は生涯続く。妹は滅多に自分の病気について後ろ向きな発言はしない。その妹の口から語られた言葉に衝撃を受けた。健康な僕にとって大人になることは約束された未来に思える。僕がどんな大人になりたいか考えているこの瞬間、妹のように「大人になりたい」と、ひたすら生きることを切望する人がいるのだと知った。
 そうだ、妹の為に大人になった僕が出来る事がある。僕は妹に意気揚々と決意表明した。
「俺さ、医師になってみおんの病気治すわ。だからさ、みおんも今の治療頑張って、生きて待っててよ。」
 ところが妹は固い表情で僕を見て言った。
「簡単に治すとか頑張れとか言わないで。」
 僕は混乱した。喜ぶどころか妹はむしろ怒っている。こんな事が僕にはよくある。僕は高機能自閉症と診断されている。その特性の為か「共感する」ことが苦手だ。自分基準の考えで行動し、良かれと思ってした事が裏目に出て、相手を苛立たせてしまう。またやっちゃった。僕は決まり悪く妹の側を離れた。
 一部始終を見ていた父に呼ばれ、僕と父は車に乗り込んだ。きっと妹の気分を害した事をとがめられるのだろう。父が口を開いた。
「頑張れって言葉は時に人を追い詰めるよな。そして医師は病気を治せる訳じゃない。結局治すのは患者さん自身の生命力だ。かけがえのない命を預けてくれる患者さんに寄り添って、信頼関係を築く。そして今の自分が出来る最大限の診療をするのが医師の使命だ。」
 僕はハッとした。父は医師だ。コロナウイルス感染症の流行もあり忙しく、平日は殆ど顔を合わせない。父の医師という仕事への向き合い方を聞いたのは初めてだ。僕は妹が抱える不安を僕の決意表明で解消出来ると思い上がっていた事を痛感した。父は続けた。
「みおんのことを案じてくれたのは嬉しいよ。でも自分の人生なのだから、医師になる事にこだわらず海杜がやりたい事に進めばいい。まあどの道を選ぶにしてもまず目の前の勉強に向き合わないとなあ。」
「結局そこ!」と僕は父と顔を見合わせて笑った。自分の頭で考えて判断する力を勉強で身につける事はまさに僕の急務だ。そして父は僕の気持ちを見透かしたように言った。
「海杜と俺は似てるよ。俺も人の気持ちを理解するのが苦手でね。つい自分の感情を優先してしまうからなんだよな。一呼吸おいて相手を思いやる事、今も課題だよ。」
 大人になっても悩むんだ。僕は少しほっとした。そして父が見せる生き様に、確かに未来の僕を見た気がした。  帰宅した僕達を母と妹は何もなかったように迎えてくれた。僕はすぐに原稿用紙に向かい、ペンを走らせた。自分以外の人を思う気持ちが自分を奮い立たせる事を知った。僕は
「これ、良かったら読んで。」
と妹に原稿用紙を渡した。妹はそれを読み、
僕を真っ直ぐ見て、笑顔でこう言った。
「嬉しい。約束だよ。」
 妹と僕の約束、僕と僕自身との約束。互いの約束というピースがカチッと繋がって、未来という一枚の絵が描かれた音がした。周りの人としっかり向き合い、理解して支え合う。そして叶えたい夢を誓い、小さな目標を積み上げた先に、なりたい大人になった僕がいるはずだ。僕は約束の言葉を書き記した原稿用紙を、部屋の壁に貼り付けた。
「僕は妹に笑顔で生きていて欲しい。僕は妹のように明日に不安を抱える人の人生に向き合い、適切な治療ができる医師になる。」
未来の僕よ、約束だ。