第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2020年
第25回入賞作品

佳作

話すことをやめない 山口 夏果(14歳 中学生)

 「きつ音」を持つ人は、人と話すことが苦手な人が多い。私もその中の一人だ。私は、言葉の始めが出しづらかったり、何度もくり返したりしてしまうので、誰かと話すときはとても緊張する。
 私が特に緊張するのは自己紹介の時間だ。私は、自分の名前が一番言いづらい。それは、きっと初めて会う人に「私の話し方はみんなと違うよ」ということを伝えてしまうからだと思う。私の自己紹介を聞いて驚いた顔をする人を見ると、私は困ってしまう
 「気にしなくていい。」
両親や先生に相談すると、必ずこの言葉が返ってくる。「きつ音を持つ人は世界に七千万人いるのだから、一人ぼっちじゃない」確かにそうだけれど、それは世界という大きなコミュニティの中でのことであり、クラスという小さなコミュニティの中では、私は一人ぼっちだ。
 言いたいことが言えないもどかしさ。伝えたいことが伝わらない悔しさ。「きつ音」がなかったら、とつい考えてしまう毎日。私は話すことが怖くなり、黙りこんでしまうことが多くなった。私は、教師になるという将来の夢を諦めた。
 しかし、ある日、私に希望の光が差した。友達が教えてくれたのである。
「今朝のニュースで、バイデン氏もきつ音だって言っていたよ。」
私はそれを聞いてとても驚いた。大勢の人の前で堂々と演説する、あのバイデン氏が私と同じきつ音なんて、信じられなかった。バイデン氏は、吃音財団に、こうメッセージを寄せている。
「吃音があってもそれがあなたという人を決めるわけじゃない。外出するたびに母は私に繰り返しました。この言葉は、私が成長するのに本当に重要だったのです。」
「吃音が私という人を決めるわけじゃない」かつてバイデン氏がこの言葉に救われたように、私も救われた。吃音でも、大統領のような人の前に立つ仕事ができる。私だって、大統領にも、アナウンサーにも、声優にも、夢だった教師にもなれる。
 再び夢を持った私は、いろいろなことを始めた。まず、教科書の音読は毎日するようにした。何度もつまり、なかなか読み進めることができないが、それでも毎日最後まで読む。私は、人の倍の時間がかかるが、倍の達成感を感じていると思う。
 また、自分の名前の練習も始めた。中学生が真面目に名前の練習なんてと思う人がいるかもしれない。でも、私は母からもらったこの名前を上手くみんなに伝えたい。今の目標は来年の自己紹介ではきはき名前を言うことだ。
 ある日、発表の途中で数秒黙ってしまったことがあった。授業が終わっても私の顔は真っ赤で、足はガクガクしていた。その時、友達が話しかけて来てくれた。
「大丈夫?」
私は答えた。
「うん。ちょっと話すのが苦手でね。」
すると、友達は
「私に何か手伝えることはある?。」
と言った。私は彼女に何をしてもらいたいのだろうか。私は彼女に何を求めているのだろうか。私はその時初めて「障害者」と「そうでない人」を区別して考えた。
 車いすに乗っている人や、白杖をついている人が持っているような「目に見える障害」は、周りの人が目で見て気付き、必要な手助けがしやすいと思う。でも、「目に見えない障害」は知識がないと、まずその障害の在存に気付くことができない。だから、きつ音のような目に見えない障害は、障害について知ってもらうことが大切なのだと思う。
 きつ音を多くの人に知ってもらうために。きつ音でも夢が叶うことを証明するために。私は約束する。話すことをやめない!