2020年
第25回入賞作品
佳作
2つの約束 松本 和沙(15歳 中学生)
私は約束をすることが好きではなかった。
小学生のある期間、私は一人の男の子に絡まれていた。それは今でいう「いじめ」などというものとは違い一人からによるもので、絡まれるといっても始めは悪口、少しの暴力と、小学校にはよくある光景だった。自分は無邪気で、それでいて、どこか酷く冷めた子供だったのだろう。もちろん迷惑だったがそれだけで、辛い悲しみや絶望を味わっていたわけではなかった。
そんなほぼ無反応の私が面白かったのか、はたまたその逆だったのか興味もないが、ほんの少しずつその行為は酷くなっていった。少し泣いた記憶もある。私の頭に浮かぶ彼の顔はいつも笑顔で、あとは先生の前にいる。その頃になると、さすがに相当事は大きくなっていて、彼は毎日私に手を上げていたし、担任の先生も毎日彼を怒っていたのだ。そして私は先生に言われた。
「あなたのことは私が守ってあげるからね。」その時になっても私はそこまで危機感は覚えていなかったのか、はい、としか答えられなかった。だがきっと嬉しかったことだろう。
その数日後、鮮明に覚えている。彼はいつものように手を上げた。私は自分がそれに慣れてしまったことに気づいていた。受け方はもちろん精神的にもだ。しかしそれは彼もだった。彼は私の友人を蹴った。私は彼を殴った。思えば彼に手を上げたのはそれが最初で最後だった。
気づけば私は先生の前に立っていた。順序は関係ない、暴力は良くない、あなたも悪い、だったか。友達を思う気持ちは素晴らしい、それでも。そう諭されていた。
違うのだ。私は友人を守りたかったわけではないのだ。ただ、ただ自分を守りたかった。これ以上奪われたくなかった。平穏も、自由も、友も、居場所も、もう何も。そう思うのはそんなにいけないことなのだろうか。何よりも、あなたは私を守ると約束してくれたじゃないか。その時、私は自分の存在の脆さを知った。
私は先生の言葉に頷くことしかできなかった。言葉を投げかけて、その先を知ることが怖かった。本当に悲しみを、絶望を味わってしまうと思った。だから、彼と共に、先生の前に立っていたのだ。時間が止まったようだった。
それから私は進級した。彼とは違うクラスになって、平穏が戻った。でも、私はあの日彼に、そして先生に、奪われたものをとり返せなかった。探そうともしなかった。見ないふりをしていた。辛かったから。
私は約束をするのが好きではなくなった。「絶対」という言葉を軽々しく使い、大きな意義があるかと思えば瞬きのうちに消えるのだ。人は約束にふり回される。そう思った。
夏の日、私は誕生日に手紙をもらった。あの友人からのものだ。彼女とはクラスも同じで、前より仲良くなった。お互い彼の話には触れなかった。手紙には、他愛もない話が書かれていた。嬉しくて読み進めた。
「最後に、去年の話。あいつに私が蹴られたん覚えてる?あの時、私は守られちゃって、ほんとに辛いのは君やのに、私は隣にいることしかできんかった。でも、あの時先生は君も悪いって言ってたけど、君は間違っていないから。絶対。私はいっばい迷惑かけるけど、でも絶対君の味方やから、絶対守るとか言われへんけど、それでも隣におるって約束する。いつもありがとう。」
強くないけど、決して弱くない。彼女の人となりが溢れた文面だった。あぁ、と。息がこぼれた。守れないなんて違う。この子は、私がとり返せなかったものを、新しい約束を、希望を与えてくれたのだ。私を認めてくれた。胸がいっぱいで、それで十分だった。
私は約束をすることが好きではなかった。期待と絶望しかないと思っていた。彼女の約束はそれだけで私に未来を見せてくれた。私もだれかの道を切り拓くことができるだろうか。