2020年
第25回入賞作品
佳作
朝焼けと共に 島田 渚央(15歳 中学生)
新型コロナウィルス流行の影響で一斉休校となった四月。私にはとある悩みがあった。太ったのだ。三月の上旬から休みが始まりはや一ヶ月。運動量はおろか、歩数も圧倒的に減った。一ヶ月も巣ごもり生活を続ければ顔のラインがやや丸みを帯びてくるのも仕方がないだろう。だが、私はそれを許さなかった。どうせなら健康的に休みをすごしたいではないか。しかし、あいにく私はこれといって好きなスポーツがない。そこで気軽に始められるランニングをする事にした。
朝早くに起きて体を動かすのは思っていたより気持ちが良かった。普段なんとなく見逃している景色、聞き逃している音、朝ならではの静けさだからこそ気付ける事がたくさんあった。また私と同じように走っている人もまばらにいた。他の人も巣ごもり生活に危機を覚えたのか、三日坊主の私がはたして何日続ける事ができるのか、とうっすら考えながら一日目の朝は終わった。
二日目、三日目とほぼ同じ時間帯に走っていると、他の走っている人の顔もだんだん覚えてくる。そんな中である一人の女性の事が気になった。彼女は見るからに本格的なウェアを着ており、ストレッチ等も手慣れた様子だった。普段あまり運動をしておらず慣れていない私は、勝手に彼女をお手本にするようになった。
一週間ほどたち、母にまだ続けられているのかと驚かれた頃、あの女性が私に話しかけてきた。
「最近、毎日走ってるよね。走るの好き?」
勝手に真似をしているのが気付かれてしまったのか、と思いつつあいまいに返事を返した。なにしろ、初対面の人と話すのが苦手なのだ。私とは逆に話す事が好きだと思われる彼女は、私が真似をしているのに気付いていた事、正しい方法を教えてくれる事をやや話を脱線させながら話すと、走るときのコツ、アップの方法等を教えてくれた。
走り終わった後、何気なく彼女に陸上関係の仕事をしているのか、と聞いてみた。それほどまでに、彼女の教え方はうまかった。すると彼女は小さく笑い、過去の事を話してくれた。陸上選手になる事が夢だったらしく中学、高校と陸上部で練習に励んでいた彼女はある時、ふと思ったそうだ。無理だ、と。走るのが嫌いになったわけでもタイムが伸び悩んでいたわけでもなかったらしいがそのような気持ちになったらしい。その後、彼女は普通に大学へ進み会社に就職して今に至る、と最後に話した。なぜ無理だと思ったのかは聞かなかった。というよりも聞けなかった。残念な事に彼女が感じた気持ちは私にはわからない。その場にたちこめた重い空気をけちらすように、彼女はまた話しはじめた。
「でも、今でも走ることは大好きだよ。だからこうやって毎朝走っているしあなたとも会えた。夢って叶えるだけじゃないと思うんだ、私。」
その言葉がなんだか心の中にストンと収まったような気がした。好きな事を将来にいかさなくては、とずっと思っていたがもっと視野を広くしてみてもいいのではないか。そこから新しく好きな事が生まれるかもしれない。なんだか嬉しくなってしまった私は彼女に礼をのべた。
「この事を頭の片隅においておくと、きっと生きるのがちょっぴり楽になると思うよ。ちゃんと覚えておいてね。」
約束だよ、と言うと彼女は軽く手を振って去っていった。
運動後の疲れと嬉しさでほてっていた頬も熱が引き、頭も冷えてきた私は、そういえば名前も何も聞いていなかったなと思いつつ、明るくなってきた空の下、帰路についた。