2020年
第25回入賞作品
優秀賞
母の『みやこ』 渡辺 惠子(85歳 主婦)
「良くやった。良くやった!!」
幕が降りると舞台の袖で見守っていた先生が、両手を広げ、私達を迎えてくれた。
極度の緊張から解放された私達は、先生の腕の中になだれ込み感激の涙を流した。
忘れもしない終戦の翌年、当時小学五年生だった私が、学芸会の演劇に出演し、幕が降りた瞬間だった。
私の役柄は、裕福な家庭で我儘放題に育ったお嬢さん役で、衣装は「華やかな物」と、ト書きがされていた。
役柄について不安は無かったが、衣装のことが気になり先生に相談すると、「セーターやスカートで十分だから」と言われた。しかし、私には役柄に相応しい物は何も無かった。
衣装のことは母に相談する以外に方法はないが、家計のことを考えると直ぐに言い出せずにいた。ところが、友達は衣装自慢をしながら役作りに取り組んでいる。流石の私も落ち着いていられなくなった。
木枯らし吹く夜更けに、母が繕い物をしていた。私は思い切って衣装のことを切り出した。すると、母は待ちかねたように、
「何時になったら、言い出すかと待っていたのよ。まさか、母さんに心配かけるとでも思っていたんじゃなかろうね」
と図星を指された私は、黙って頷いた。
「余計な心配はいらないよ。台本を見た時から、母さんも衣装のことを考えていたの。だから心配しないで任せなさい」と胸を叩いた。
母は今まで一度も約束を破ったことのない人なので信じて待っていたが、学芸会間際になっても、約束の衣装は影も形も無い。どうしたのだろう。と不安は日ごとに増大したが、私は母を信じ催促がましいことをしなかった。
ついに、学芸会の朝が来てしまった。
ため息まじりに起き上がった私は、机の上を見て、「あっ」と息をのんだ。そこには、夢でも見ているような、真っ赤なセーターと黒のスカートが並んでいる。
「母さん買って来てくれたの!?」
私は大声で叫んだ。
「約束通り母さんの手作りよ!」
母は得意気に笑みを浮かべた。
「母さんの意地悪。どうして、今日まで黙っていたの!? 心配で眠れなかったのに…」
「御免ね。驚かしてやろうと思ったの。早く着てごらん。きっと似合うと思うよ!」
母は私を急き立て着替えを手伝ってくれた。
「おぉ~良く似合う。これなら役柄にぴったり!」と満足そうに微笑んだ。
「セーターは編んでくれたの?」と尋ねると、
「それは、後のお楽しみ…」とはぐらかした。
拍手喝采を受け大満足で帰宅すると、
「小学生とは思えない演技だったよ。それに赤いセーターが良く似合い、我が娘ながら惚れ惚れしたよ!」母は上機嫌であった。私も、先生や友達に褒められたことを報告したついでに、衣装のことを尋ねた。
「そうだったね。衣装の種明かしをしょうね。セーターは母さんの、みやこ。スカートは襟巻(えりまき)だったの」
「『みやこ』って何なの?」と私は聞き返した。
「『みやこ』と言うのは純毛のメリヤス編で作った都腰巻(みやここしまき)のこと」と何気なく言った。
「え~ え! このセーター腰巻きだったの!?」私は驚き、顔をしかめた。
「だから今まで隠していたの。でも、その腰巻きは新品だから!」と意味あり気に答えた。
問題の『みやこ』は、母が嫁ぐ日に、母親が持たせてくれた物だった。それ以来、『みやこ』を母親の形見と思い箪笥の奥に仕舞い込んでいたが、学芸会の台本を読んだ瞬間、「今こそ、『みやこ』の出番と思い付き、一気に仕上げた」と今までのいきさつを話した。
「『みやこ』が大切な品だと知らず、我儘言って御免なさい…」私はぺこりと頭を下げた。
「『みやこ』が役立って本当に良かった…」
母は晴れやかな笑顔を返した。『みやこ』と口の中で咳くと、あの日の母を思い出す