第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2019年
第24回入賞作品

グローバル賞

それでも、約束 楊 鈺婷(21歳 学生)

 「あなたがいるところは私の家よ」と。彼女の声が今でも耳元で囁いているようだ。
 幼い頃、両親は仕事に追われることが多くて、いつも一人で留守をさせられていた。安全のため、ドアは常に鍵が掛かっていた。
 古くて錆付いた戸の隙間から、眩しい日光がさしこんだ。
 「外に出て、一緒に遊ばない?」晴ちゃんの声が届いてきた。高らかな声だった。
 うす黄色のワンピースを着た女の子。にこにこ微笑んでいた。
 「ううん、私は遊びたくない」小さい声で、項垂れた。嘘だった。
 返事はくれなかった。その代わりに、足音が遠ざかっていった。
 「帰っちゃった」と考えた。日光も少し暗くなってしまったように思えた。
 しかし、暫くして、同じ足音が近づいてきた。
 「面白いよ、これ」おもちゃを持ってきた彼女は天使みたいだった。
 彼女は隣に住んでいて、私と同じ年である晴ちゃんだ。父母が離婚し、シングルマザーであるお母さんと暮らしていた。恥ずかしがり屋の私より、喋るのが上手だ。
 友達になってから、いつも一緒に遊んでいた。そのため、家の鍵も開けられた。
 「今日はお母さんに砂浜に連れてもらうよ。一緒に行かない?」と晴ちゃん。
 強い風と荒い波にもかかわらず、二人は砂で小さな家を作った。
 「できたよ!ねえ、ねえ、将来も一緒に家を建てて生活しようよ!一生の友達だよ」言いながら、私の手を繋いた。
 「うん!」と私は頷いた。
 波に倒れされた砂の家には、誰も気付かなかった。
 光陰矢の如し。中学校に入って、晴ちゃんは引越しした。それによって、連絡も少なくなってしまった。
 喧嘩はなかったが、そのままだんだん疎遠になった。まだ友達と呼べるのかなと思っていた。
 高校一年生の夜、急に彼女から電話が来た。
 「私、私は家がなくなっちゃった。お母さんは別の人と新しい家庭を持ったから、もう私を愛してくれない」泣きじゃくる彼女の声は別の世界からのようだった。お母さんが再婚したのだ。
 びっくりして、私は少しの間、ことばが出なかった。そして、
 「私の家に来て」
 すると、晴ちゃんがやって来た。小さいベッドで私たちは互いに抱き合った。
 「私がいるところはあなたの家だよ」と、私が言った。
 彼女が久しぶりの笑顔を見せてくれた。
 「うん、約束したでしょ?一生の友達だから」
 「うんうん!一生の友達!」
 その後、一緒に暮らしていなくても、毎日互いに自分のことを教え合った。相手のことを知るだけでうれしかった。
 高校三年生の時、彼女がアメリカに移民することになった。空港まで見送りに行った。
 その日は、晴れだった。
 「私がいるところはあなたの家だよ。いつでも」。泣くのを我慢している私の声。
 「うん、一生の約束」以前と同じ明るい笑顔で彼女が答えた。
 あの日から、実際には一度も会えていない。でも、約束が心に残っている。