2019年
第24回入賞作品
10代の約束賞
線香花火と祖母と僕 加藤 貴士(15歳 中学生)
僕の祖母はとても面白い人だ。母からよく武勇伝(?)を聞くのでどんなことをしてたのかも知っている。
例えば、駅の改札だ。祖母は切符を隣の改札に入れてしまったのである。当然、隣の改札は開くのだが、自分の目の前の改札は開かない。そこで祖母は「私は切符を入れた!」と、閉じている改札を無理矢理こじ開けて通ってしまったのだとか。もう一つ例を挙げるとするならば、レストランでの一件だろう。昔僕の母と祖母がツアーで旅行した時の話である。あるレストランに行ったのだが、そこは祖母の大好物である「蟹」を扱うお店だった。食事が終わり、他のツアー客はお土産のコーナーに移ったのだが、祖母だけはそこに居座り、たった一人、ひたすら食べ放題の蟹を食べ続けていたのだという。そこはかなり広い食堂だったそうなので、その異様さは、その場に居合わせなかった僕でも、容易に思い浮べることができる。
なんとなく祖母がどんな人であるのか、ご理解頂けたであろうか。そして、僕はそんな頑固で、マイペースで、けれどいつも優しくて、面白くて、少しお茶目なところのある祖母のことが、大好きだった。
しかし、数年ほど前から、祖母の物忘れが目立つようになってきた。普段の生活を見る限りは、いつも通り、天然を炸裂させまくっている祖母なのだが、つい先程までの記憶が無くなっていたり、目的を忘れたまま動きまわったり、そしてついには、僕と従兄弟の名前を間違えるようにさえなってしまった。加えて僕等や親族達は、祖母の家から遠く離れたところで暮らしており、祖父も既に亡くなっていたため、祖母はたった一人で暮らしている状態だった。認知症などは、他者との会話が無かったりする事が原因になる場合もあるそうなので、僕等は祖母の物忘れの原因の一部であったのかもしれない。
このように祖母の物忘れは悪化していったのであるが、祖母はある約束だけは決して忘れなかったのである。
「夏は外で花火をしようね。絶対だよ。」
これは僕と姉と従兄弟と、そして祖母と、僕が幼かった頃に結んだ、大切な約束である。先程も述べた通り、僕等には祖母の家から遠い所に住んでいたので、祖母に会えるのは年に3回ほどの長期休みだけであった。そのため、祖母も僕等子供3人も寂しい思いをしていた。そこで、僕らは思い出に残るよう、毎年夏には花火をすることに決めたのである。
祖母が好きなのは線香花火だった。ぱちぱちと弾ける花火を、じっと見つめていた姿をよく覚えている。一方、僕は火がぶわーっと出る花火が好きで、子供3人で宙に絵を画いたりして遊んでいた。祖母はいつも、少し微笑みながら、そんな僕等を眺めていた。
しかし、その祖母もこの間亡くなった。寒い冬のことだった。葬式では、あと一回くらい花火がしたかったな、と心の中で語りかけて、送り出した。なんだか、その日の恐い程透き通った空みたいに、心にぽっかり穴があいた気がした。祖母の家に行けば、またいつものように、ぱっと明るい笑顔を浮かべながら出迎えてくれるんじゃないか、とか思ってみたり。
次の夏休み、僕等は誰もいなくなった祖母の家に帰省した。いい加減、心の整理もできていた。けれど、けれど家に着いた瞬間、線香花火がしたい、と強く思った。
そしてお盆も終わりが近付いたあの日の夜、祖母と結んだ約束通り、花火をした。僕は最初に線香花火を取った。火をつけると、ぱちぱちと花火が迸しりはじめた。すると、祖母の面影が頭をよぎって、一瞬うるっとした。やがて、花火が落ち着き、真っ赤な火の玉に姿を変えた。僕は心の中で祖母に語りかけた。
「お婆ちゃん、帰ってきたよ。」
祖母が、ふっと、笑ったような気がした。
ぱすっ、という音と共に、火の玉は落ちた。