2019年
第24回入賞作品
10代の約束賞
二人の漫画 黒瀬 香乃(18歳 高校生)
高校三年生の冬、久しぶりに彼女の家に行った。同じ高校生であるはずの彼女の部屋には、まるで仕事場のような本格的な画材がズラリと並んでいた。画用紙のように大きくて硬い質感の原稿用紙、ビンに入った黒インク、名前だけ聞いたことがあるGペン。使いかけのトーン、雲柄、ドット柄。机の上にある原稿用紙は丁寧にコマ割りがされている。コマの中には見慣れた彼女のイラスト。それらの画材を見たとき、思わず「仕事か?」と口に出した。彼女は私立高校の美術デザインコースに通っていて、その大量の漫画原稿はコンクールに出すための課題らしい。私はベタ塗り作業の手伝いをしに、彼女の部屋にやって来た。
そういえば、中学生の頃はよく二人で簡単な漫画をかいていた。二人で、と言っても私が物語の設定を書いて、彼女が漫画として描き起こしていた。誰に見せるわけでもなく、自分たちが満足するための落書きであった。そのうちに、彼女の方は漫画家になることを夢見るようになった。
「いつか香乃が物語を書いて、私が漫画を描いて、本になったら最高だね。」
そんなことを美術室で言い合った。今思えば、中学生なりの可愛い夢であり、浅はかな約束でもあった。いつか二人の作品をつくろう、と。
中学校を卒業し、彼女と私は違う学校へ行った。彼女は漫画家になるための進路を貫き通し、学校祭やコンクールで作品を発表した。一方で私は演劇部に入部し、劇の脚本を書いてみたりした。高校演劇の関東大会では創作脚本賞を受賞し、さらにその作品で全国大会へ出場することができた。一時、私は脚本家を夢見た。しかし、進路を決めなければならない時期にキッパリと諦めた。将来の安定に不安を感じたからだ。私は進路を就職に決めた。
そんなことを思い出しながらキャラクターの髪を黒く塗りつぶしていると、彼女は作業していた手を止めて口を開いた。
「この間のコンクールで六十二ページの読み切り漫画を出したんだけど。」
彼女は少し緊張している表情で目を潤わせながら笑った。佳作賞、賞金三十万円。特賞や優秀賞の受賞者はおらず、応募した中で一位か二位だと言う。さらには彼女に担当編集者がつき、もはや漫画家の仕事である。彼女は十八歳にして、ついに漫画家という夢への大きな一歩を踏みしめたのだと、私は心から嬉しく思った。同時に、自分の中に大きな後悔が浮かんだ。演劇部に所属していた頃は、思いついたセリフやフレーズをひたすらノートに書き出していた。私はそれが好きだった。引退後も、しばらく趣味として脚本や詩を書いていた。しかし、そう書き詰めていても形になることはなく、発表する場もない。そのうち自分のアイデア性に飽き、その日課をパタリとやめてしまった。もしその日課をコツコツ続けていれば、彼女のように大きなものに育ったかもしれない。自分の中であの約束が思い出された。「いつか二人の作品をつくろう。」
私は言葉にしなかったが、彼女に追いつきたいと強く思った。あの頃はまだ小さく浅はかな約束だった。その約束が、夢の実現の嬉しさや諦めたことの後悔を帯び、この部屋で駆けめぐった。きっとまだ遅くはない。私は「次はどういう作品をつくろうかな」と胸を高鳴らせながら、筆を握った。