2019年
第24回入賞作品
優秀賞
私という名の約束 田井 涼香(17歳 高校生)
私は約束によって育てられた子供だ。母は遠距離通勤のために家を空けることが多く、父は単身赴任中。そのような状況を見かねた祖父母が私の面倒を見て、一人前にすることを両親に約束した。この約束通り、私は祖父母の家で生活することになる。
祖父は非常に私に甘い人だ。と言ってもやたらめったら甘やかすのではない。私の可能性を信じてくれる人だ。美術教師をしていた祖父は絵や書道が上手いのだが、口出しはしても手出しはしない。私がめげそうになると「涼香ならだいじ(大丈夫)だ。」と励まし続ける。じいちゃんが、だいじと言うならだいじなのだろう、と私も頑張る。すると面白いほど美術コンクールなどに入賞し、その賞状を見せると「天才ではないか。」と大真面目に言う。祖父はこの調子で近所の人に自慢するので大いに困ったものだ。しかし、じじ馬鹿だと思う反面、親よりも期待をかけてくれるのが嬉しかった。祖母は祖父とは真逆で、非常に厳しい人だ。祖母も教師をしていて、よく算数を教えてもらった。「やる気がないならやめちまえ。」が口癖の人だ。集中していないのを見て取るとすぐさま見放す。ただ私の本気を感じたときには何時間でも付き合ってくれる、熱い人だ。また、畑仕事が好きで日がな一日畑を耕している。私は祖母の畑仕事を眺めながらぼうっとするのが好きだった。そんな二人に育てられた私は、多少風変わりに見えたようだ。授業参観に来るのは祖母だし、休みの日に一緒に遊ぶのは八十手前の祖父。旅行と言えば鮎や駝鳥を食べに行くこと。好きな曲は流行りのアイドルの曲ではなく演歌。後ろ姿で一目で私だと分かるおかっぱ頭。それでも何と言われようが私は平気だった。祖父の目玉焼と祖母の焼芋が絶品だなんて私だけが分かっていればいい。私には私だけの幸せがあるのだ。そう思ってい
たのだけれど。
祖父が死んだ。原因は脳梗塞と脳出血。予兆はあったし、前から分かっていたことだけれど、あの丈夫な祖父が死ぬなんてと、驚いた。普通なら悲しいという感情が先行するのかもしれないが、甘やかされて育った私に浮かんだ考えは少しばかり違う。成人式で美人だと誉めそやして絵に描くんじゃなかったのか。一緒に酒を飲むんじゃなかったのか。たわいない祖父自身の望んだ計画のことだった。この計画を考えたとき、祖父の望みは実は一つに帰結するのではないかと思った。それは「涼香を一人前にする」という約束だ。成人式もお酒も勿論だけれど、祖父が本当に見たかったのは自立した私の姿なのだろう。叶えてやりたい、と思った。いや、是非とも叶えると決意した。祖父は私を一人前にするという約束を果たすことができなかったけれど、私が死んだ訳じゃない。祖父が中途にした約束を、私は代わりに守ることができる。それは祖父が生きた証になるのではないだろうか。私自身が証となるのだ。何より私のことが大好きな祖父は、私が立派に成長しないと安心して眠れないかなと思うから。
ただ、現実はそう甘くない。祖父の死以降は、祖父母によって一人前に「育てられる」ことではなく、一人前に「育つ」ことを選んだはずの私だったが、そう簡単に人が変わるはずもなく、一人前とは程遠い。私は、相変わらず泣き虫の甘えん坊だ。数学が分からないと泣き、人間関係が辛いと言って仏壇の前で喚く。特に私専属の応援団長だった祖父が死んでから、母や祖母が鬼のように厳しくなった。私にとっては前途多難どころか前途全難。それでも「涼香ならだいじだ。」と祖父に代わって自分に言い聞かせてみる。すると少し元気が出て机に向かうことができる。最近ちょっとだけ、前よりも数学ができるようになった気がする。これも祖父のおかげか、約束のおかげか。何にせよ、私は負けないし負けられないということは確か。あの約束がある限り、私は私自身を一人前に育てなくてはならないのだから。