第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2018年
第23回入賞作品

グローバル賞

転調 温 健翔(18歳 学生)

 その出会いは、突然だった。私は小中学生を海外の日本人学校で過ごし、日本人とともに、日本語で教育を受けてきた。このご時世特別変わった存在ではないつもりだが、周囲を見るとどうもそうともいかないようだ。
 中学2年生の夏、私のクラスに京都からの転校生がやってきた。いかにもやんちゃそうで、悪い癖で私は彼と距離を置こうとした。しかし彼とは家が近く、学校の帰りなどでどうしても彼と話す機会を避けられないことがあった。ところがしばらくすると彼と馴染み、話してみると意外に面白い人だ気づいた。いつもの如く、人を外観だけで判断してはいけないなと思っていたその頃、彼からある言葉をかけられた。
 「お前、中国人だよな?なんでこの学校にいんの?」
 はっとさせられた。そんなことは考えたこともなかった。同時に、私は悩み悶えた。もとより、自分は日本人同然の扱いを受けてきて、私は自身の立場を忘れていたのかもしれない。考えすぎといわれればそれまでだが、彼のこの発言は思春期の私をとにかく傷つけた。一番苦しかったのは、それまで仲が良いと思っていた友達さえも、彼の影響から私に「お前、うるさく喋るあの中国民族の仲間でしょ。」と言ってきたことだ。これにも私は応えた。今思えば私の周りの友達は尻馬に乗っているのではなく、一つの起爆剤によって普段抑えていた気持ちを曝け出しただけなのではないかと思う。さらに、私に豪語してきた人々は何も偏見な考えをもって私に意見しているのではなく、現に中国在住の人達であるという事実も私を苦しめた。つまり、全て彼らの体験に則した発言だった。私は言い返すことも出来ず、憂鬱な中学2年生を過ごした
 一年経って3年生の冬、家の近かった彼は日本に本帰国することが決まった。心の中で喜んでいた私は、今思うといかにも惨めだった。彼が登校した最後の日、私は彼の口からこの二言を耳にした。
 「今までごめん、俺が悪かったと思う。日本でまた会おうな。」
 正直何の嘘だと思った。今まで散々私のことを言っておいて、最後に綺麗事を並べられた印象だった。二度とお前なんかと会うか、と。ところが本帰国した後も彼は私に連絡をくれ続けていた。ようやく私はその約束は彼の本心だったと気づいた。
 同じ年、地元の高校に無事合格し、中学卒業後私も日本に戻ってきた。彼との連絡はお互い忙しく、あまり続かなくなった。私は彼が約束を忘れていないだろうかと、時折心配していた。
 それは杞憂だった。この冬にそれは叶った。
 長い電車旅を終えて駅の改札を通ると、一際ガタイのいい男が立っていた。緊張はしなかった。私は感情が高まる前に、声をかけた。
 思い出話で盛り上がり、たった二人の同窓会が実現した。彼は大学で国際系の学部に入り、異文化について学ぶと語っていた。私はなんだかすっぱ抜かれたような気分だった。聞くとそれには私自身の影響もあったようだ。私が彼から影響を受けたように、私達はお互いに刺激し合っていたようだ。
 帰り道、私達は町に響く街頭演説を耳にした。外国人労働者など必要はありません、ここは我ら日本人の国なのです、と。
 在日外国人の私は少しだけ気まずかった。しかし彼がそれを聞いた反応といえば、
 「俺は反対だな。」
 と笑いながら言っていた。私は安心した。
 そして昨日、私は彼と同じ大学の、同じ学部への入学が決まったことを彼に報告した。
 この約束は、文字通り国境線を超えた奇跡だった。人は一生のうちに、何度か出会いで人生を変えることがある。私にとっての最初のそれは、彼との出会いだった。
 来年の春、また会おう。