2018年
第23回入賞作品
佳作
「本気」の約束 山中 結愛(13歳 中学生)
「先生、私、練習頑張るよ。本気で頑張って先生を驚かせるからね。」
私は強く強く誓いました。目の前にいらっしゃる先生は、いつもと同じ赤い縁の眼鏡をかけていましたが、その目を開けてくださることはありませんでした。二才の時から私にたくさんの歌とピアノを聞かせてくださった先生でした。ピアノをはじめたものの、すぐに練習を放り出してしまう私にも、根気よくつき合ってくださいました。でも今は、二年の闘病を終え、静かに横たわっているだけ。止まらない涙で先生の顔がにじむ中、私は精一杯の約束をかわしました。
一か月前のことです。すでに体調を崩し、入院中だった先生から、突然お電話がありました。Nちゃんが連弾のコンクールに一緒に出てくれる人を探しているらしいけど、挑戦してみない?とのことでした。Nちゃんは、先生のお友達のところでピアノを習っていて、発表会の時に何度か会ったことのある同学年の女の子です。コンクール入賞経験もあり、発表会での演奏はすばらしくて感心していたものでした。私はといえば、つきつめてピアノに取り組んだことはなく、コンクールの挑戦をすすめられたことなんてありませんでした。こんな私がNちゃんと連弾?なぜ今?私は迷いました。
数日後、先生のお見舞いに行きました。いつも明るくはつらつとしていた先生が、食べることもできず、声がかすれていました。ひとまわりも、ふたまわりも小さくなったように見えました。病気のことはわかりませんが先生の体がとても辛そうなのは伝わってきました。そんな中で私に電話してくださったのだと知った時、今何かしなくちゃ、という気持ちが私の中でぶわっとふくらみ、なんだかじっとしていられなくなりました。
私の挑戦がはじまりました。先生は入院中なのでNちゃんの先生のレッスンを受けるようになりました。毎日の練習がずっと細かくなり、週末にはNちゃんのお家で何時間も一緒に練習するのが恒例になりました。練習が軌道に乗った反面、先生の容態は悪化し、とうとう亡くなってしまいました。
先生との約束を守るべく、練習を重ねました。今までの練習嫌いの私からは考えられないことでしたが、毎日イヤだと思うことはありませんでした。コンクール本選出場の目標を二人で立てたことで、甘えたり逃げたりしていられなくなったのはもちろんですが、地道な個人練習のあとには二人で合わせて弾ける、という新たな楽しみができたことが大きなやりがいになりました。先生がすすめてくださった理由が少しわかった気がしました。
先生からお電話をもらってから三ヶ月が経ち、二つの地区予選を迎えました。生まれてはじめてのコンクールで、手続きや着替えでバタバタと終わってしまったり、逆に手順に慣れると周りを見る余裕が緊張にかわってガタガタ震えてしまったり、と、なかなか思い通りにいかないと感じました。二つの予選を通過し、幸い、目標としていた地区本選への出場権を二つ得ました。先生はきっと「あらぁ、頑張ったわねぇ!」と喜んでくれたと思います。
いよいよ本選当日。
「先生、落ちついて弾きたいから、緊張しすぎないように見守ってください。」とお願いして舞台裏に行きました。自分の音もNちゃんの音も、やっとしっかり聞いて演奏できました。奨励賞、優秀賞をいただき、本当にうれしかったです。
先生、本気で取り組むって大変でした。その分、予想もしなかった結果につながりました。これがなかったら、私は私の本気を知らないままだったと思います。生まれてはじめてもらった盾とおっきな賞状、先生に見てもらいたかったです。先生のおかげで今までよりずっとピアノが好きになりました。