第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2018年
第23回入賞作品

佳作

約束 日野 瀬捺(18歳 高校生)

 「カタン!」私は小学生の頃からこの音を聞くと、郵便ポストに一直線に駆け寄ってしまう。なぜなら、大好きな姉から手紙が届いた合図だからだ。
 私は四人兄弟の末っ子として生まれ、姉とは十歳も年が離れている。そのため、姉が一人暮らしをするために、県外に行ってしまった時も、私はまだ小学二年生だった。優しくて、しっかりものの姉が大好きだった私は、姉が県外に行くと決まった日から、時間の許す限り、片時も姉の傍を離れようとしなかった。そして姉が県外に行く当日の朝、私は姉から当時流行っていた、クマのイラスト付きの封筒をもらった。その中には、たくさんのメッセージが書かれた手紙と、十枚の切手が入っていた。姉は私に、「寂しくなったら手紙を書いて送っておいで。」と言った。私は泣きながら、何度も何度もうなずいたことを今でも鮮明に覚えている。
 その日から、不定期ではあるものの、私は姉に手紙を書いた。姉はどんなに忙しくても必ず一週間以内に、手紙の返事を書いてくれていた。今思い返してみると、我ながら本当に手のかかる妹だと思う。そして、不定期のやりとりが二年を過ぎた頃、姉は二十回目の誕生日を迎えた。小学四年生になった私は、手紙と「十年後開けてね」と書いた手作りのお守りを入れて、いつものように姉に送った。姉は私の予想以上にお守りを喜び、財布に入れて持ち歩いてくれた。
 姉が二十回目の誕生日を迎えた日から、約八年が過ぎた。姉は二十八、私は十八になった。この八年の間に姉は結婚し、新しい命を授かった。私は高校三年生になり、就職か進学か迷いに迷ったが、春から郵便配達員として、社会人の仲間入りをする。姉との不定期なやりとりは、高校に入ってからはできなくなっていた。手作りのお守りになにを入れたのか、自分でも覚えていない。想像力も発想力もない私が、小学四年生で作ったものだ。たいしたものは入っていないだろう。それでも姉は、今でもあのお守りを大切に持ち歩いてくれている。
 私はあのお守りを、姉が本当に十年後開けてくれることを、予想して作っただろうか。それは絶対にありえない。小学四年生の私のことだ、なにも考えずただ軽い気持ちで、あのお守りを作ったにちがいない。しかし姉は、小学四年生の私と交わしたあの小さな約束を、八年間も大切に守り続けてくれているのだ。
 あのお守りを開ける日まで残り二年、姉は残りの二年も今までのように、あのお守りを大切に持ち歩いてくれるだろうか。そして私は二年後、あのお守りを受け取った時の姉と同じ二十回目の誕生日を迎える。私は姉のように、周りの誰かと交わした小さな約束を、守れるような大きな人になっているのだろうか。
 先程少し話したように、私は春から郵便配達員として、社会人の仲間入りをする。私がなぜ郵便配達員として働きたいと思ったのかは、ここまで読んでくれた人にはなんとなく想像できるだろう。そして私は郵便配達員として、送り手のたくさんの想いが詰まった大切な郵便物を、楽しみに待っている人のもとへ確実に送り届けていきたい。
 科学技術の発達した今となっては、小学生の私のように郵便物を楽しみに待っている人は少ないかもしれない。しかし、私が三ヶ月後送り届ける郵便物は、大切な約束が詰まった郵便物かもしれない。二年後あのお守りを開けるその日まで、いや、ずっとその先も、誰かの大切な約束を守れるような郵便配達員になりたい。