2018年
第23回入賞作品
佳作
結婚式の贈り物 香川 花子(44歳 保健師)
三一歳で迎えた結婚式。私は結婚を機に福島の実家を離れ、夫のいる京都で新生活を始める事になっていた。式は京都にある小さな迎賓館で行った。私は、緑に囲まれた中庭から、一目惚れして決めた青いウエディングドレスを着て登場した。今日はみんなが私の幸せを願って集まってくれている。そう思うと、有り難い思いでいっぱいだった。
乾杯の音頭は、母の兄である大好きな伯父に頼んだ。伯父と母は誰もが認める仲良し兄妹で、二人共、この日のために福島から出てきてくれていた。伯父には男の子しかいなかったから、伯父は、私が産まれた時から、私をとても可愛がってくれた。お転婆だった私を「はなお」と呼び、いつも気にかけてくれていた。当然、私の夫に対しては初対面の時から冷たく、私は伯父と夫が一緒になると、いつもいたたまれない気持ちだった。伯父は、私の父が亡くなると、私と母を自宅に招いては、プロ仕様の大きな台所で料理の腕を振るい、美味しいものを次から次にご馳走してくれた。伯父に愛された記憶がいっぱいの私と、それを目の当たりにしてきた夫は、乾杯の音頭は伯父にしてもらおうと決めていた。
さて、乾杯の音頭になり、司会者が伯父の名を呼んだ。しかし、伯父は席から立とうせず「いや、いい」と言い始めた。伯父はとても恥ずかしがり屋なのだが、だからこそ事前に何度も頼んで了承を得ていた。初めは伯父の得意な冗談かと思ったが、伯父はその後も「いや、いい」の一点張りで、これにはプロの司会者もどうすることもできず、そのまま適当な感じで飲食が始まってしまった。
しかし、誰もが乾杯を忘れた頃、私と夫の真ん前にマイクを持った伯父がやってきた。酔って勢いをつけて来たのだろう、顔が真っ赤になっていた。そして私の夫に向かって「香川さん。結婚するなら、約束してほしい」と言った。夫は、神妙な面持ちで伯父を見ている。会場の列席者もみんな静まり返り、注目した。私は目が潤んだ。伯父が、とうとう気持ちに踏ん切りをつけて、夫に私を託そうとしている。しかし、会場の注目を集める中、伯父は夫に向かって言った。「香川さん、どうか、桂子を忘れないで幸せにしてやってほしい。約束してくれ」。「桂子」とは、私の母で、伯父にとっては妹だ。「え?」私は、こぼれそうになっていた涙をためつつ、固まった。伯父が私の結婚に反対していた理由は、自分の最愛の妹が一人になることが可哀想だったからなのだ。しかし、元来真面目な夫は、真剣に「わかりました。約束します」と答えた。妹想いの伯父の発言と、真剣に答える夫とのやりとりには、会場の誰もが驚いたと思うが、その直後、伯父と夫に対して拍手が起こり、会場はとても温かい雰囲気に包まれた。伯父は照れくさそうにしながら席に戻っていき、夫は、私を見て嬉しそうに笑った。
それから、夫は伯父との約束を守るべく、東北出張の際には、私が知らないうちに福島の母に連絡をしていた。行き帰りにわざわざ遠回りをしてまでも、母が一人で住む私の実家を訪れて、母と一緒に夕飯を食べ、一緒にお酒を飲み、語らってくれていたのだ。母も、気兼ねなく京都に遊びに来るようになった。料理好きな母と夫は気が合うらしく、二人で台所に立っては、楽しそうに料理をしている。
伯父が結婚式で思い切って夫と約束してくれたお蔭で、母と夫は、今では二人の間に私がいらない程に仲良くなってくれた。父のいない私は、母と夫の仲がいいことが何より嬉しいし、家族が丸くいるような安心感がある。
約束を取り付けてくれた伯父、真剣に約束を受けてくれた夫、そして、二人の約束に温かい拍手を送って下さった会場の列席者のお蔭で、今の私の幸せがあるのだと思っている。大好きだった伯父は、母の様子を見届けて安心したのか、間もなく亡くなったけれど、伯父が夫にしてくれた約束が、伯父から私への結婚式の何よりの贈り物だと感謝している。