第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2017年
第22回入賞作品

学生特別賞

きっと、いつか。 髙橋 慶多(18歳 学生)

 「また会いましょう。」
 この約束を使い始めたのは、いつからだろう。飽きるくらい聞き、呟きもした。けれども、胸の中にある気持ちは変わらない。
 私はこの約束が大嫌いだ。別れの日の言葉として、あまりにも曖昧ではないか。まるで雲を掴むような虚しさに襲われる。もう二度と会うことはないだろうな、という思いが心をかすめる。実際、新しい生活に流れるうちに、そんな約束なんてなかったようになるのだ。それなら初めから、淡い期待を持たせないでほしいと思ってしまう。
 そんな思いとは裏腹に、わたしの口からも同じ言葉が流れる。それ以外に言葉が見つからないのだ。そのことがますます、自分を落ち込ませる。けれども、そんな顔をしてはならない。心の底で何を思っていようとも、あくまで自然に。最後なのだからと、別れの日限定の口癖を何度も繰り返す。この約束は結局、社交辞令だと割り切るしかない。
 このやるせない気持ちを、私は祖父にぶつけていた。高校を卒業したばかりの頃だ。私は祖父と仲が良いというわけではない。逆にだからこそ、思い切り話せた。祖父はどんな顔をしていただろう。顔を見ていないので分からない。とにかく自分の思いを吐き出したかっただけなのだ。祖父に答えなど、初めから求めていない。
一分にも五分にも感じる長い沈黙。戸惑ってしまったのだろうか、申し訳ないことをしてしまったなと私は思い、話題を変えようとした。重苦しい空気が嫌いなのだ。それを遮るように、祖父はポツリと呟いた。
 「きっと、逃げ言葉だろうな。」
 私にというより、それは独り言に近かった。
逃げ言葉とは何なのだろう。私は疑問を持ち、話の続きを期待した。しかしそれきり、祖父は黙り込んでしまい、答えを聞けなかった。
 このやりとりが私と祖父の唯一の思い出である。一体、何から逃げるための言葉なのだろう。納得できる答えは見つからない。いや、この言葉に大した意味はないのだ。結局、私はそう強引に、まとめてしまった。
 秋の訪れを感じ始めた頃、祖父が亡くなった。病気で倒れてから、あっという間のことだった。祖父は死を意識していたのかもしれない。祖父の机の上には、10枚以上の手紙が置かれていた。全てが祖母へ向けたものであったらしい。
 葬式に出席した日の夜、私は初めて祖母と泊まることになり、二人で茶を啜っていた。
 祖母は色々な話を聞かせてくれた。トイレの蓋を必ず閉じない話、散歩に強引に連れ出された話など、私の知らない祖父の姿がそこには鮮明に映し出された。一通り話し終えたのか、祖母は一瞬黙り、不自然な間が空いた。空気が少し冷えた気がした。
 「私ね、お爺ちゃんと一回別れたの。」
 かすれた声。しかし、耳までしっかり届く。私は思わず無言になってしまった。
 「お爺ちゃんの事情のせいでね。それなのにお爺ちゃん、また今度って言って別れたの。自分からきっかけを作ったくせに、今度なんてあり得ないって、その時は思ったけどね。」
 私は相槌を打つのさえ忘れて、祖父の言葉を思い出していた。逃げるための、言葉。
 「そしたら一年後くらいかね、本当に会ってしまったの。そしたらお爺ちゃん、過去は変わらないけど、もう一度だけ、チャンスをくださいって。」
 流されて、いいよと言ってしまった、祖母はそう言ってクスクスと笑った。その手には、しっかりと祖父からの手紙が握られていた。
 手紙を読ませてもらった。結びの言葉。
 「また会ってください。」
 初めて見る、はっきりとした祖父の字。今まで見た字の中で、一番綺麗だと感じた。
 大切な人と少しでも繋がりを残せるように、きっといつか、会えますように。私は手紙の言葉を指でそっとなぞった。