2017年
第22回入賞作品
佳作
妻への約束 浅野 憲治(70歳 無職)
ミニスカートが眩しく、引き締まった足首・大腿に良く似合っていた君。ハイヒールが奏でる軽快でリズミカルなステップに魅了されてた僕。並んで歩くと、振りかえる男達の視線に、少し自慢化な気持ちをしていた。
ハチのようにくびれた腰に手を回し、チーク・ダンスを踊ったクリスマス・パーティー。少し力を加えれば、折れてしまいそうに思えて、大切なものを扱うように、そーと抱きしめていた。
白くて、丸くて、小さくて、細い指。何か神秘的なもののように思えて、長い間、その手を握ることができなかった。泣きたいくらいの勇気を出して、初めて手をつないだのは、祭りの雑踏の中の出来事でした。
笑うとチラッとのぞく八重歯。固く引き締まった唇。その唇に憧れ、どうしたらくちづけをすることが出来るのか、悩んで、幾夜も眠られず、今度のデートこそは、と願ったものでした。
黒目勝ちな丸い目。キラキラと光り、希望にあふれていた。やましい心の中を見通されているような気持になり、ついに視線を反らしてしまった事が、何度あっただろうか。君の前では、素直な心を持たなくてはと、必死になっていた。
あれから半世紀。君の足は太くて、しっかり大地を踏みしめて歩く。まったく、普通のおばさんになってしまって。誰も関心を示さないが、でも、僕だけは今でも自慢している君を。
脂肪の蒲団を巻いているような、丈夫な腰。今では、両手にも余る。二人で抱き合っても
「相撲を取っているようだ」
と、子どもたちに囃し立てられるようになってしまった。
小さい手には、皺が深く刻まれている。やけどの跡も消えなくなって。こんなにも傷だらけの手になっているとは、不覚にも、気がつかなかった。そして、もう長い間、手をつなぐことも無くなっている。本当に申し訳ない。
ゆるんでしまった唇。口紅を塗れば、二倍以上になったと思える。元気で旺盛な食欲を満たしている口。大口を開けて笑うことが癖になってしまったが、今でも、充分に魅力的だよ。僕はそう思う。
目から力強さも見られず、売れ残りの鯖のように感じる。でも、夢ではなく、辛辣な現実を眺めていたことが感じられる。二人で、手を取り合って、厳しい世間の荒波に対処した結果だから、誰に対しても自慢できると思っている。
昔の君からは、考えられないほど変わってしまったが、長い間、人生を共にし、喜怒哀楽の時間を共有した結果だと思っている。
これからも二人で思い出を作りながら生きて行こう。
子供たちも、それぞれ家庭を持ち独立して生活を築いている。これからは、二人だけの、生活が待っている。いよいよ終活の時期に入ったようだが、考えようでは、新婚生活に戻ったと思えば、楽しいものだと思う。要は考えようひとつだよ。
でも、体力の衰えは護摩化すことが出来ない。僕は、思い出話を茶菓子に、お茶をすする生活を理想だと思っている。そこが、温泉旅館であることがもっと良いと思うのだが、活発な君には退屈だと感じるかもしれない。なんとか君に合わせるから、僕のペースにも気を配って欲しい。
とにかく、健康に気をつけ、残り少ない時間を楽しく、充実したものにしたいと願っている。僕は、そうなるように努力することは、しっかり約束します。