第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2017年
第22回入賞作品

佳作

KEAとYEN~果たせた約束~ 岡崎 直人(36歳 大学職員)

 2010年、アンコールワットの前で観光客に水や土産物を売っている二人の少女に出会った。炎天下で、彼女たちはいかに自分たちが頑張っているか、どれだけ冷たい水を用意しているか、など畳み掛けるように話しかけてきた。仲の良さそうな二人の掛け合いは抜群にテンポがよくて、商売のことよりも、お互いのやり取りが楽しくてはしゃいでしまっているように見えた。
 そんな彼女たちを見ていると、無視し続けるのもなんだかアホらしくなって、素直に水を買うことにした。そして、近くに腰を下ろして、キンキンに冷えた水を飲みながら、彼女たちと話し始めた。二人は十四歳のKEAと十六歳のYEN。学校の合間に家族の手伝いとして水や土産物を売っているのだという。「なんで一人で来てるの?」「あ、彼女いないんでしょ?」「町からボロボロの自転車で来る日本人なんていないよ?」と歯に衣着せぬ物言いは、なぜか全く嫌な気持ちがせず、むしろ小気味よいくらいだった。 しばらく会話を楽しんだ後、遺跡巡りを再開せねばと思って、僕は何気なくこう言った。
 「そろそろ行くね。明日、日本に帰るけどまた会おうね。また来るよ。」
 そのとき、突然悲しげな顔をしてKEAがこう言った。
 「絶対来ないよね?日本人っていつもそう言うけど、来たためしがない。嘘つかないで。」
 確かに旅行者にとっては、旅先での出会いにすぎない。でも、彼女たちはずっとここにいる。毎日押し寄せる観光客が「また会おうね」と言っては去ってゆく。もちろんそれを全て真に受けてはいないだろうけど、素直な彼女たちであれば、社交辞令とは受け取らず、いつも嘘をつかれている、と感じても無理はない。ただ、大好きなカンボジアにまた来たい、というのは僕の本心だった。だから最後に二人の写真を撮った。売り物の水を持って、笑顔を向けてくれた二人の写真を。そして、改めてこう約束した。「いつか、までははっきり言えないけど、また必ず来るよ。今、撮った写真を二人に渡しに来る。約束する。」
 そして、時は流れて二年後。僕は再度アンコールワットの前にいた。正直、そこに二人がいるかどうかも確証はなかった。メールアドレスもなくて、知っているのは二人の名前だけ。だから、事前の約束なんてできないまま、ダメ元で、土産物を売っている子供たちに聞いてみた。「KEAとYENって知ってる?どこにいるか教えてくれない?」
 怪訝な顔をする子供たちに、僕は二人の写真を見せた。すると、急に事情が呑み込めたようで、一人の女の子が僕の手から写真をひったくり、走り出した。木陰で休んでいるグループのところに行き、写真を見せながら、こちらを指さしている。そして、こちらに向けて駆け出してきた子供たちの先頭にはKEAとYENの笑顔があった。「覚えてる?」と僕。
 「覚えてるよ。びっくりした!どうしたの!?また来れたの!?」とKEAとYEN。
 「約束したでしょ?もう一度来て写真を渡すって。あぁ、よかった、会えて。」
 その後、2014年にも二人に再会することができた。二人はもう一八歳と二十歳。子供扱いは叱られそうだが、楽しそうな笑顔には初めて会ったときの無邪気さも垣間見える。
 KEAはお姉さんが結婚してテキサスに住むようになり、彼女と家族もいずれ、アメリカに移住するかもしれないという。「アメリカは行ってみたけど、友達に会えなくなるのは寂しいな」と彼女は複雑な表情をのぞかせた。夕暮れ時、カンボジアの田舎道で僕は相変わらずボロボロの自転車に乗り、KEAは僕にあわせて大分速度を落とした原付バイクに乗り、出会ったときよりもお互い少し大人になった僕らはそうやってのんびり言葉を交わした。
 別れ際、「また会おうね!」と僕が言うと、彼女はもう「嘘でしょ?」とは言わず、笑顔で「またね!」と手を振った。