2017年
第22回入賞作品
佳作
約束という目に見えない力 小笠原 遊香(18歳 学生)
私の父は、二十代後半に青年海外協力隊としてバングラデシュへ派遣されました。農業機械のエンジニアだった父の現地での活動は、地下水を汲み上げるポンプの修理でした。毎日村々を廻る日々を過ごす中、父はバングラの衝撃的な現実を目の当りにするのです。それは、母親が態と我が子の手を焼き同情を買って物乞いをする姿でした。アジア最貧国と呼ばれるバングラでは珍しくないことだとか。しかし父は、「同じ地球に生まれ、同じ今という時を過ごしているのに、国の違いだけでこんなことがあってはいけない。何とかしなきゃ。」と考えます。そこで父は、“土地なし農民”と呼ばれる若者達が自活出来るように、無償で修理技術を教えました。その生徒の中で特に真面目だったタイジュールさんは、授業が終わると父と共に修理の為に村々を廻り、父も持っている全ての技術を彼に伝えたそうです。
活動の任期は二年半。帰国が近づいた父。「まだ帰ってほしくない。」タイジュールさんは生徒の中心となって行動を起こしました。父と廻った村々を廻り、署名を集めたのです。その署名に応じてくれた人数はなんと千人以上。しかし、その想いは叶わず、父の任期延長は認められませんでした。悔しくも帰国をせざるを得なかった父は、タイジュールさんや生徒、村人達に「必ず戻る。」そう約束し、帰国したのです。
帰国後、なかなかバングラへ戻る機会に恵まれなかった父。それでも「何かの形でバングラと繋がっていたい、約束を果たすまで…。」そしてスパナを包丁に持ち替え、父はカレー屋を始めました。父のカレーは十時間以上炒め込んだカレーがベース。そこに村人への想いがスパイスとなって入っており、味に深みと温かさがあります。心を込めて丁寧に作られるカレー。しかし、想いだけでは食べていかれず何度も挫折する中、父に転機が訪れました。アーティストの藤原新也さんと出逢い食の雑誌に取り上げて頂いたのです。全国にファンが広がり、テレビ番組からの出演依頼が。そこで音信不通となってしまったタイジュールさんのその後を知ることができたのです!彼は父の伝えた技術で自立し、店を持ち、若者を育て、大勢の村人を助け、そのお金で以前は土地なし農民だった彼が土地を買い、家族と幸せに暮らしている。そして何より父との約束を二十年以上信じ続け、毎日欠かさず祈り、待ち続けてくれていた事を知ったのです。父はこの時初めて、約束という目に見えない想いが力となって自分自身を支え、約束した相手からも同じ力が時を超え、海を超えて自分を支えてくれた事に気づかされたと涙を怺えながら話してくれました。
この番組の三年後、父は約束の再会を果たしました。そしてあの時に果たせなかった嘆願書の答えとして、学校に通えない子供達のために、「この村に給食の食べられる学校を作ろう。」と新たな約束をし、新たな活動がスタートしました。現地ではタイジュールさんが中心となり、日本では父が県民参加を呼びかけ、幅広い層の三十名以上もの方々が自費で活動に参加してくれました。皆の力で出来上がった学校も今年で四年目になります。NPO法人も立ち上がり、父の交わした約束が大勢の人の夢へと変わったのです!
約束とは目に見えない想いのエネルギーであり、その約束への想いが強ければ強い程、その力は時を超え海を超えて繋がり、やがてその力は大勢の人達を巻き込み動かす凄い力になるということを、私は父から学びました。
私は将来ミュージカル女優になることを夢見ていました。ですが今は、現地の子供達にミュージカルを教えてその子達の生きる力になりたいと思います。そして父や多くの人の夢を支えたいと。私は父に、「お父さんの道を一緒に歩みたい。」とそう約束しました。来春から専門学校で学びます。約束という目に見えない力を信じて。