2017年
第22回入賞作品
佳作
ガレージには、いつも赤い車 佐野 由美子(47歳 保育士)
「あっ、色は赤って決まってます」
新しい車を購入する時、私は、こう言う。
「そうですか? 今は色のバリエーションも豊かで、いろんな色が選べるのですが……」ディーラーの担当者がどんなに勧めてくれても、私は頑として、
「いえ、赤で。ダークでもワインでもなく、基本の赤でお願いします」
と答える。
あれはもう二十年近く前のこと。結婚が決まり夫の両親と同居することになった私は、嬉しさと不安の入り混じった複雑な心境だった。もちろん夫のことは好きだったし、夫の両親も会った感じでは良い印象だった。それでも周りの人は ―― ことに身近なおばさま連中は ―― いらぬことを言う。
「同居ってむつかしいよ」
「これだから、田舎の長男さんとの結婚は、ねぇ……」
と口を濁した。当時、私の母はもう亡くなっていて……相談する相手もいない。いい知れぬ不安を抱えたまま、私は嫁に来た。
ちょうどその頃、ずっと乗っていた自動車が頻繁にエンストを起こし調子が悪くなっていた。それを見た義父がある日、
「新しい車、見に行こか」
と言ってきた。早速ディーラーへ行くと、義父が照れ臭そうにつぶやいた。
「お父さんな、家の前のガレージに赤い車を停めるのが夢やったんや」と。
どういう意味かよくわからなかったが、帰宅して義母に聞くと、その理由を教えてくれた。
「お父さんね、ずっと娘が欲しかったん。でも、うちは男二人やろ?昔の人だから“赤は女の子”って思ってる所もあって……。それでユミさんがここへ来てくれて、やっと赤い車が買える!! って嬉しくなったんやろうね」
(そうか。この家は娘が欲しかったのか)
なんだか、ほっと肩の荷が降りた気がした。
私は、ちゃんと受け入れられている。必要とされている。―― そう思うと、力が湧いた。
「赤い車にします」
数日後の契約時、私は自分から、そう言っていた。義父は相好を崩して喜んでくれた。
新しい赤い車に乗って、私たち一家はいろいろな所へ出掛けた。
「お伊勢さんへ参りに行こう」
「鳥羽へ魚貝を買いに行こう」
「タヌキの置き物を買いに出掛けよう」
義父は嬉しそうに誘いにくる。そうして出掛けるたびに、私たちはより「家族」になっていった。
「同居って、ちっとも悪くないよ」
そんな風に友達に自慢しだした頃、義父の具合が悪くなった。―― 再生不良性貧血からの白血病。数年の闘病の末、義父は帰らぬ人となってしまった。
義父と一緒に買いに行った車にもがたが来て“そろそろ買い替えるか”となった時 ――。
私は、あの日の義父の笑顔を思い出した。
「お父さんな、家の前のガレージに赤い車を停めるのが夢やったんや」
義父の言葉は、まるで遺言のように心に残っていた。
「あっ、色は赤って決まってます」
私はそう言って、新車を購入した。
そして今日も、我家のガレージには赤い車が停まっている。これから先も、ずっと。運転免許を返納するその日まで、私は赤い車に乗り続けるだろう。約束するね、お義父さん。それが、本当の娘のように接してくれた優しい義父への、せめてもの、ささやかな恩返しだと思うから。
ガレージには、いつも赤い車。―― この風景を義父がどこかから見て、笑っていてくれたら嬉しい。