第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2016年
第21回入賞作品

中学・高校生特別賞

見えない相手との約束 本城 将真(18歳 高校生)

 自然の声が聞えるようになったのは高校1年生のとき。聞こえると言っても人の声や音のように耳からではなく、直接頭に語り掛けてくる、そんな感覚だった。
 私は幼いころから自然が大好きでそこに暮らす生き物にも興味があった。だから、近所の川や海をよく訪れたり、生き物を飼育したり図鑑を見たりしていた。「もっと好きなことの知識を深めたい」と思い農業高校に入学し、生物部に入部した。高校での生活は今までにないくらい充実したものだった。授業内で農作物の栽培や地域環境についてフィールドワークを行うなど、初めて体験することだらけだった。部活動では多種多様な生き物の飼育や研究、学校近くのため池や河川、湿地を対象とした調査活動など自分が幼いころからやってみたいと思っていたことばかりだった。そんな日々をおくる中で自然と触れ合う時間が多くなったせいか、自分にある変化が起きた。
 いつも通り部活動で調査を行っていたとき、脳内で急に誰かが助けを求めるような危機感を感じた。最初はあまり気にしていなかったが、部活動で自然環境の多い場所を訪れると必ず同じ危機感を感じた。私は周囲の森林や河川など我々人間に助けを求めていると直感し、その時初めて今までのものが自然の声だと気が付いた。しかし、なぜ今頃になってこの声が聞えるのかと疑問になった。幼少期から河川などの自然と多く触れ合ってきたがそんな感覚になったことが無い。その原因を考えた結果、とても重要なことに気づいた。それはその自然が「本物の自然かどうか」というものだった。
 部活動で調査を行う場所は、木々に覆われた山の中や側面が土手になっている河川ばかりだった。しかし、私がよく訪れていた河川は三面コンクリートのものだった。山と言っても周囲には団地や住宅が立ち並んでおり、そういった場所では声が聞えなかった。このとき、私が今まで「自然」と思い込んでいた自然は、人間の使い勝手が良いように作られた偽物の自然、つまり「死んだ自然」だということに気が付いた。そのことに気づいたとき私はとても悲しかった。そこで私はある決心をした。それは将来自分が日本に残る「本物の自然」を保全・保護するような職業に就くことだ。
 現在日本では各地で都市化が進んでおり、それと比例して自然環境の減少も起きている。山を切り崩したりため池を埋め立てたりしてそこに生息している生き物の住処を奪い、使える土地を増やしている。だが、自然を壊すことは容易でも一度崩された本物の自然は二度と復元することはできない。たとえ本物に近づけていても「声」までは聞えない。しかし、そこの自然が本物か偽物か気にしている人などほとんどいないだろう。川は川、山は山、それ事態は事実であり、自然そのものの真偽を見分けられる人は非常に限られている。声が聞えない自然の中にいるととても虚しさと悲しさを感じる。しかし、偽物の自然の中でも生態系は築かれているのでそれは保全しなければならない。だが、より力を入れ保全するのは声が聞える自然だ。そういった場所を優先的に保全し、いつまでも声が聞こえる状態にする必要がある。本物の自然は声が出せる間に私のような自然を愛する人に必死に訴え自分たちの未来を託しているように感じた。
 私は将来、自然環境や野生動物の保全に関わる職業に就きたいと考えている。それは、昔から興味のあった自然について深く関わるため、そして私に声を届けた「本物の自然」を守り続けるためだ。私は必ず本物の自然を助けると決意し、見えない相手と一つの約束を交わした。必死に声を届け自分の意志を託してくれた「本物の自然」のためにもこの約束は必ず果たさなければならない。