第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2016年
第21回入賞作品

中学・高校生特別賞

約束 宮垣 優人(17歳 高校生)

 全ての公式戦も終わり僕の所属する学童野球チームにとってこれが最後の練習試合となった。僕たちのチームは一点差で負けていた。最終回、ノーアウトランナー二塁。そこでバッターボックスに立ったのは僕の四学年上の先輩だった。彼は最上級生にも関わらず、あまり打率が良くなく、下級生が試合に出ることが度々あった。
 この日も一打席目、二打席目、三打席目共に凡退。サヨナラの場面、僕たちは大声で応援し彼の最後の打席に期待した。
 ほとんどのチームメイトは二、三年生の時に入団することが多い中で、彼は五年生の秋頃チームに入団してきた。そのため下級生との技術の差は歴然だった。
 六年生になり、「最上級生」ということで試合に出るようになった。しかし、彼は簡単な外野フライを落とすなどエラーやミスも多く監督に叱られることもしばしばだった。ベンチに下げられ一日中グランドを走らされていたこともあった。
 ある日、監督から僕たち選手に向けて話があった。「試合で打ちたければバットを振れ!一日に百回振れ!毎日続けろ!」
 彼は僕の家の近所だった。彼の家の前を通ると汗を流し、歯をくいしばってバットを振っている姿を見かけることがよくあった。しかし、なかなかいい結果が出ず、最終戦を迎えた。
 カウントはワンボールワンストライク。彼が監督からのサインを確認し再び構えると、ピッチャーはセットポジションからボールを投げた。彼は思い切りバットを振り抜いた。金属音が響きボールは強烈なライナーでサードの頭を超えていき、そのままグランドの奥へ抜けていった。二塁ランナーがホームに戻り、打った彼も必死にホームベースに突っ込んできた。
 ベンチにいた選手と応援していた保護者の方々から歓声が起こった。普段あまり笑顔を見せない監督が一番最初に彼に抱き着いて喜んでいた。ベンチ内の選手や応援のみんなとハイタッチをし、飛び跳ねて喜んだ。公式戦で優勝したかの様な喜び方だった。
 彼は今までホームランどころかヒットもほとんどなかったので、このランニングホームランはチーム全員の喜びだった。サヨナラ勝ちした事よりも感動させられたと思う。みんなは彼の努力を知っていたので、他のチームメイトの誰が打つことよりも彼が打つことに意味があったのだと思う。
 素振りは地味で、決して楽しい練習ではない。すぐに結果が出るものでもないと思う。ある意味自分との闘いかもしれない。僕はさぼってしまったことがあり、毎日はできなかった。しかし、彼は毎日やり抜き、厳しい監督の言葉を信じ、「約束」を守った。それも百回どころではないだろう。自分が満足するまで振り続けたのだと思う。だからこのような結果につながり、チームに喜びと感動を与え、勝利に貢献したのだ。
 決して大きな約束ではなく、毎日素振りするという小さな約束だった。しかしこの小さな約束を守るのは努力を伴い、簡単なことではないと思う。それを果たすことで監督からの信頼を得ることができた。そして何より彼本人の自信となったのだろう。
 約束は人の信頼を受けることができる。そして新たな信頼関係ができ、そこには喜びや感動が生まれてくる。