2016年
第21回入賞作品
優秀賞
一粒の約束 工藤 隆平(21歳 学生)
その日、私は近くの幼稚園を訪れていた。所属するボランティアサークルの活動で、園児たちに絵本の読み聞かせを行うためだ。教室を走り回る園児たちを眺めていると、私にもこんな時期があったのだなと非常に微笑ましく思う。
絵本の読み聞かせも終わり、帰る準備を始めようとした矢先、園児達が列を作っているのが目に入った。どうやら、準備ができた子から順に先生からドロップを一粒貰えるようだ。
「あなたたちの世代じゃ知らない子も多いのかしら?これは肝油ドロップって言ってね。小さい子のためのビタミン剤みたいなものなの。まぁ、この子達にはおやつ感覚でしょうけど」
と私の視線に気づいたのか先生は笑いながら教えてくれた。
このドロップには私も深い思い入れがある。
「もう一つちょうだい」
幼い日の私は両手を差し出した。そんな私に母は申し訳なさそうに
「一日一粒の約束だからまた明日ね」
とドロップの入った缶をいつもどこかに隠してしまう。しかし、ある日とうとう我慢ができなくなった私はこっそり母の跡をつけ、ドロップの隠し場所を探り当てた。そして、母が外出した隙を見てドロップを全て食べてしまったのだ。
普段あれほど美味しかったドロップだが、母がいつ帰って来るのかということを気にして味も殆ど分からず、食べた後も母に怒られる恐怖と隠れて食べてしまった罪悪感が押し寄せてきてひどく後悔したことを覚えている。
夕方、帰宅した母に呼ばれて台所に向かうと机の上には案の定ドロップの缶が置いてあった。怒られると思った私は身構えたが、母は
「お天道様はあんたをいつも見とるんやからね。悪いことしたら全部自分に返ってくるんよ」
とだけ言って、いつも通り夕飯の支度を始めた。
その時はあまり怒られずに済んだことに少しほっとしていたのだが、その日の夜突然の激しい腹痛が私を襲った。後に知ったのだが、肝油ドロップは食べすぎると腹痛を引き起こすことがあるらしい。しかし、そんなことを知らない当時の私は、母との約束を守れなかった自分にお天道様が罰を与えたのだと本気でそう思っていた。
この出来事があってから私はお天道様を信じるようになった。周りに誰もいなくても、良い行いをすれば自分にも幸福が訪れ、悪い行いをすれば自分にも災いが降りかかる。昔話の教訓のようだが、実際に今まで生きてきてこれを実感したことも多い。サークル活動にしてもそうだ。大学生活では人を助けるためにボランティアサークルに入り、そのおかげでたくさんの仲間ができ、ボランティア先の人々など様々な良縁に巡り合うことができた。
そんなことを考えながら、園児たちの列を眺めていると列に割り込む園児が目に入った。
「悪いことをしたら、お天道様に怒られるよ」
と母に倣って注意すると、注意された園児はきょとんとした顔で私を見た。知らない大人に注意されたことに驚いたのか、それともお天道様という言葉が聞きなれなかったのかは分からないが、注意されたことは理解したようで渋々列の最後尾に足を向けた。その様子が、昔の自分と重なってなんだかひどく気恥ずかしくなった。
「さっきはこの子を注意してくれてありがとう。この子がお礼をしたいそうだから付き合ってあげてくれる?」
と先生は膝元に隠れている園児に何かを促した。すると、恥ずかしそうに掌のドロップを私に差し出した。
「このドロップは、一日一粒が一番おいしいんだよ」
ドロップのお礼と一緒にそう告げると、先ほど注意した時と同じようにきょとんとした様子だったのがとても愛らしかった。
久しぶりに食べたそのドロップはとても甘かった。