第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2015年
第20回入賞作品

中学・高校生特別賞

祖父との約束 猪又 涼子(18歳 高校生)

 私は、新体操を小学校二年生で始めた。まだ幼くて夢中になって楽しんでいた私だったが、始めてから二年後、全国の舞台ではじめて入賞することができた。私の背中を押してくれた家族の笑顔が心の中に残る。喜んでくれてとても嬉しかった。しかし、同時に悔しさも味わっていた。決勝の舞台で自分の納得のいく演技ができなかったからだ。結果は四位。あと一歩、表彰台に手が届かなかった。その私の姿を見て、一番というくらい応援してくれた人がいる。
 それが私の祖父だ。試合や発表会に来て応援してくれることも多く、祖父の家を訪ねると私が演技している写真を飾ってくれてあり、本当に嬉しかった。この全国で入賞した翌年、祖父は表彰台に立てるよう、試合で着るレオタードを買ってくれた。
 しかし、その時はもうすでに祖父の体調は悪くなっていた。糖尿病という病気と闘っていたのだ。あんなにも私の前で元気な姿で振る舞っていたのに、もうその姿を見ることもなくなった。練習が多かったため、なかなかお見舞いに行く時間がなかった。けれど、全国大会にもう一度挑戦する前に祖父の姿を見たいという思いが強く、私は祖父に会いに行った。話もできず、ほとんど植物状態になっていた。とても悲しかった。祖父は少し前に絶対に私の演技を見にいくんだと言って頑張っていたと周りの人から聞いた。涙が止まらなかったけれど、私は祖父の手を握って、聞こえないかもしれないけれども、必ず日本一になって、良い報告ができるように頑張るから待っていてほしいと約束した。この言葉を私がかけた時、祖父の目から涙がこぼれ落ちたのを私は今でも覚えている。そして、なんだか手をぎゅっと握られたような感覚がした。
 試合出発前日、病院に泊まり込みだったはずの母が、朝起きると家にいた。母から話があった。祖父が昨夜亡くなったと。最初は、実感もわかなかった。でもただただ悲しくて涙があふれてきた。一つだけ言えるとしたらいつ息をひきとってしまっても仕方ないくらいの状態だったのに、ここまで頑張ってくれたこと。祖父の思いは強かった。試合と重なってしまい、祖父のお葬式には参加できず、最後を見送ることさえできなかった。でも、試合で私が頑張ることで祖父はきっと喜んでくれるだろうと信じて、私は試合に出発した。
 試合当日、祖父の買ってくれたレオタードを着て、天国にいる祖父のことを思って演技した。結果は二十三位、決勝には進めたものの、表彰台にははるかに遠く、届かなかった。
 試合後、私は祖父のお墓へ行った。約束を果たせなくてごめんねと心の中で私は言った。でもいつか必ず日本一になるから。そう心に決めて祖父ともう一度約束した。
 中学生、高校生と試合がある度に私は、祖父にその試合の目標を伝えていく。そして、帰ってきたら必ず結果が良くても悪くても部屋に飾ってある写真に向かって、報告をする。これはずっと続けてきたことだ。
 高校最後の夏、個人、団体ともに最高のパフォーマンスでやっと優勝することができた。自分の力だけではなく、もちろんたくさんの方や仲間が支えてくれたからである。でも祖父との約束を果たせたことが何より良かったと心からそう思えた。祖父に報告した時、いつもよりなんだか顔が笑っているように見えた。
 中学生の時に表彰台に乗り、そこから時間をかけてやっとここまで来ることができた。それは、大切な人との約束があったから。だからこそ私はどんなに小さな約束だったとしても大切にしていきたい。約束することで私は、自分に強くなれた。
 そして、私は、また祖父と新たな約束をした。世界の舞台に立つこと。この夢をあきらめず、約束をもう一度と心に決めた。