2015年
第20回入賞作品
佳作
破った約束 藤田 健司(15歳 高校生)
小学三年生の冬、僕は股関節痛で入院することが決まった。続く検査に不安はあった。だが当時はそれ以上に、入院という初めての体験にわくわくした気持ちのほうが強かった。
しかしそれは初日の夜にふっとんで消えた。親との面会時間が終わり、四人部屋に一人ポツンと残されると、もうどうしようもなかったのである。夜だからゲームや読書は禁止、眠らなければいけないのだが、痛いやら怖いやら寂しいやらで一向に眠気は来ない。そんなわけで、意味もなくトイレを行き来したり、広すぎる部屋をぐるぐるまわったり、あげくの果てにはTVが観たいと、看護師の方に機器を持ってこさせる始末。もちろん他の病室にも患者はいる。そしてその中には僕より年下の子も多かった。そこを差し置いてこのわがままな九歳児である。情けないの一言に尽きる。
そんな折、一人の男子が同じ病室に入院してきた。僕より年上のその子は、カミヤマくんといった。二人とも同じゲームを持っていたこともあり、僕たちはすぐに意気投合した。ゲームのディスプレイを見ながら、夜なんて永遠に来なければいいと思った。不思議なことで、日中は散々はしゃぐくせに夜が近づくともうダメなのだ。
消灯になり、我慢できずしくしくとないていると、カーテンでしきった隣から声がした。
「泣いてんの?」
「・・・・・」
「・・・・大丈夫?」
カミヤマくんがカーテンを開けた。
「・・・なぁ、また明日やろうよ、マリオ。約束」
カミヤマくんはそう言ってくれた。恐らくこの約束があろうとなかろうと、僕たちは日が昇ればゲームをしただろう。だがこれは僕の大きな支えになった。そしてカミヤマくんの声を聞くと、不思議と気持ちも体も楽になったのだ。
それからの夜、カミヤマくんは眠れない僕を気にかけてくれ、次の日のゲームの約束をしてくれるようになった。僕にとってそれは何よりも心強い言葉だった。
カミヤマくんが来てから五日ほど経って、カミヤマくんの手術の日が来た。その日の朝、カミヤマくんは口数が少なかった。今度は僕の方から、手術が終わったらゲームをしようと約束した。いつもありがとうと言ったつもりだった。
ところが、カミヤマ君が手術室へ向かってから、僕の退院が可能だという知らせが来た。今となっては待ち望んでいた二文字だ。しかし、それは今すぐにという条件つきだった。面会に来た母の都合上、どうしてもカミヤマくんの手術が終わるまでは待てないという・・・・。
結局カミヤマくんとの約束を反故にし、帰宅した。久しぶりの我が家。だがなかなか嬉しい気持ちが湧かない。カミヤマくんが戦っている間に自分は逃げ出した。そんな気持ちが渦を巻いていた。そして更に、僕はカミヤマくんのことをほとんど何も知らないと気付いた。名前すら聞いていなかった! 僕はゲーム機の画面しか見ていなかったのだ。
退院したにも関わらず泣きじゃくる僕を見て、家族は呆れただろう。だが手術が終わって病室へ戻ったカミヤマくんは、空いたベッドを見て何を思っただろう。そう考えると何度も涙が溢れたのだった。
しかし、診察のためにもう一度病院を訪れたとき。病室前のベンチに、松葉杖を持ったカミヤマくんが座っているではないか。彼ともう一度会えたときの跳びはねたくなるような喜びを今でも思い出す。カミヤマくんは僕に気づくと笑顔で手を振ってくれた。そして少しだけ話をし、いつかまた会おうと言って、神山正史くんは診察室に入っていった。
神山くんの優しさ、そして約束を破ったときに残る気持ちを、僕はずっと忘れない。