第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2015年
第20回入賞作品

佳作

約束 小山 智紀(17歳 高校生)

 その時、「現実はそんなに美しくない」と思った。
 私は、中学から始めた陸上を高校でも続けようと思い陸上部に入った。その頃の私は、ただ陸上が大好きで楽しくて仕方がなかった。思うような結果が出なくて辛い時もあったけど、努力することをやめなかったし、頑張ることに何一つ疑問を持つことはなかった。
 そんな中、高校に入ってはじめての冬を目の前にして悲しい現実が私を襲った。父が癌を患っていたのだ。発見が遅かったことにより、完全に治療することは出来ず、病気の進行を遅らせることしかできない状態だった。
 私は、人の死というものに触れたことがなかった。父方の祖父、祖母は私が生まれる前に亡くなっていたし、母方の方は二人とも健在だった。だから、最初にその話を母から聞かされたとき、父が死んでしまう想像が全く出来なかった。ましてや自分の父親が癌になるなんて、まるでドラマみたいだと、そんな不謹慎なことを考えていた。しかし、母から詳しい話を聞かされていくうちに自分が置かれている状況を理解していった。そして最後に「余命はあと一年くらいだから」と言われたとき、これは現実なんだと思った。
 「父に何が出来るだろう」とどれだけ考えても分からなかった。一番して欲しいだろう「生きさせて」ということは出来ない自分の無力を恨んだ。食事の後、毎回たくさんの薬を飲む父を見て、胸の奥が苦しくなった。
 そして、さんざん考えつくした結果、私が大好きな陸上をしている姿を見せることだと考えた。父は、それまでどんな場所にでも応援に来てくれた。そんな父に自分が頑張っている姿を見せることが私に出来る精一杯の恩返しだと思い、父と一つの約束をした。
 「来年のインターハイに出て、あんたを連れて行く。だからそれまで必ず元気でいろ。」
 私は、その約束を果たすためにそれまで以上に努力した。練習しても全然上達しない自分に絶望し挫折しそうになったときも、父と交わした約束を思い出し頑張ることができた。
 そして、二年目のシーズンが始まった。順調に結果を出し、インターハイを懸けた中国大会に挑んだ。私は、必ず父のためにインターハイに出場すると強い思いを持ち試合に挑んだ。しかし結果は、もう少しの所でインターハイ出場に手が届かなかった。その時私は、試合に負けて悔しいという気持ちよりも、父に合わせる顔がないと思った。私はそんなことを思っている自分がとても恥ずかしくなった。自分のために戦っていない選手が心の底から競技を楽しみ、自分のために戦う選手に勝てないと悟った。私はいつの間にか、あんなに好きだった陸上がやらなければいけないことに変わっていたのだ。そして、試合が終わって父の所に行くと、「これで来年まで生きらんといけんわ」と言ってきたのだ。この言葉を聞いて私は、自分が一流の選手にはなれないことに折れそうになっていた気持ちを持ち直し、もう一度頑張ろうと決めた。どれだけ自分の力の限界を突きつけられたとしても、私には努力し続ける理由があった。
 春になり三年目のシーズンを迎えた。父は当初宣告された余命の一年を超え、まだ生きていた。そして、私と父の最後のインターハイを懸けた中国大会に挑んだ。しかし、スタンドに父の姿はなかった。もう応援に来られる状態ではなかったのだ。私は、ギリギリでインターハイ出場を決め、父との約束を果たした。
 父は私のインターハイに来るために最後まで病気と闘った。しかし、インターハイの約一ヶ月前に父は天国に逝ってしまった。そして私も目的を失いそこで部活をやめた。
 これがドラマや映画なら、天国で見てくれている父のためにとかで続けていたんだろう。
 でもこれが現実だった。父の気持ちは分からない。この選択が正しいかは分からないけど、現実は全然美しくなかった。