第28回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2014年
第19回入賞作品

佳作

「祖父との約束」 澤田 一眞(13歳 学生)

 私は、小さい頃今よりとても臆病だった。カブトムシやクワガタ、ミミズに至るまで昆虫は全て怖かった。昆虫採集など以ての外だった。また、今でこそプールで泳ぐことに抵抗はないが、幼児の頃は水も怖くてお風呂以外の水の中には決して入ろうとしなかった。地震が来れば、家が潰れるのではないかと思うし、雷が鳴れば例え家の中に居たとして感電するのではないか、心配でたまらなかった。
 そんな私に対し、祖父はいつもこう言った。「大丈夫、大抵の事は大丈夫なんだよ。」と私を安心させてくれた。
 或る日家の外壁に、ヤモリがいた事があった。私は怖くて、気持ちが悪くて、不安で一杯になった。それを祖父に伝えると「大丈夫。ヤモリは家を守ってくれる神様なのだよ。だからヤモリがいてよかったね。」と嬉しそうに笑った。
 また別の日には、祖父と一緒に歩いていると、飛行機が随分近くを飛んでいた。私は落ちてくるのではないかと不安になったが
「飛行機が落ちる可能性は、街中にいる限りほとんどないから、問題ないよ。」と教えてくれた。
 私は小さいながらに、祖父という長生きしている、人生の大先輩からの大丈夫という言葉が、心の中にぽっと入ってくると、とても安心できた。しかもその理由もしっかりと教わると、少しずつ、世の中それ程怖い事ばかりではないと思える様になってきた。怖いと思っていた事も、実は大した事ではなかったり、見方を変えると、むしろ面白い事柄も多く、私は色々な事に挑戦してみようという気持ちが強くなっていった。
 私が小学校高学年に上がると、祖父は体を壊して入院を繰り返すようになった。最初の頃はお見舞いに行っても色々な事を教えてくれた。また、私の心配事を伝えるといつも通り「大丈夫だよ。何とかなるよ。」と笑顔で私を元気づけてくれた。
 しかし祖父の病状は日増しに悪化し、一年後には寝たきりで、起き上がる事もできなくなっていた。意識も段々と薄らいでいき、私が話をしても、聞こえているのかどうかもはっきり分からなくなっていた。それでも私は学校であった事や、疑問に思っている事等、祖父の所に行く度に伝えた。すると祖父は最後には必ず
「大丈夫だよ。きっと上手くいく。」
と小さな声でささやいた。
 私はその後、どんどん体が大きくなり、物事の仕組みも少しずつ分かっていった。漠然と怖がっていた事も大抵の事は大した事ではないと分かった。しかし、それとは逆に、祖父はどんどん弱っていき、その頃にはもう祖父の口から、大丈夫という言葉を聞く事はなかった。むしろ良くならない体も分かっている様で、弱気な表情をする事が増えた。私はそんな時、祖父に言った。「おじいちゃん、大丈夫だよ。」
すると祖父の目は少しだけ開き、ほほ笑んだ。そして大きくうなずいてくれた。
 その後は、目もあまり開かなくなった。
「おじいちゃん、大丈夫だよ。僕の怖い事は少なくなったし、もう心配いらないよ。」と祖父に伝えたら、祖父の口角が少しだけ上がった様に見えた。
 それから二ヶ月後、祖父は天国へ逝った。私は祖父と約束をする事した。その約束は私に臆病な気持ちが出てきたら、大丈夫だから勇気を出してみる、というおまじないみたいなものだ。それは今の私の行動の原動力になっている。失敗をする事も沢山あるが、その失敗ですら、何とかなると思える様になった事が不思議だ。今でも祖父の”大丈夫”という言葉とやさしい笑顔が私をずっと支えてくれている。