第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2014年
第19回入賞作品

佳作

「尊い命の為に」 荒井 領(16歳 学生)

 「僕は領君を助けます」
力強く心強く病室に響きわたったこの言葉。この後、母は僕を強く抱き大粒の涙を流した。僕が六才の春の出来事だ。この光景は今でも忘れられない。なぜなら、この力強く心強い救いの一言は後に想像を絶する過酷な闘病生活というカタチに変わり、命の尊さを教えてくれるきっかけになったからだ。
 平成十年三月二十四日、予定日より三週間早く僕は荒井家の長男として生まれた。家族の愛に包まれて僕はすくすくと成長した。異変が起きたあの日までは・・・
 生後九ヶ月を過ぎたある日、母は僕の異変に気づき病院へ向かった。すぐ大学病院に紹介され、検査入院となった。その頃の母が記した日記を読むと当時の大変さがつづられている。
「一月二十日、検査が始まった。点滴を嫌がり暴れる領。つらい。痛いよね。嫌だよね。頑張っている領に頑張っては言えない。検査が終わるまでママはずっと待ってるから。早く病気をみつけてもらおうね。早く・・・ね」
「二月二日、検査結果が出た。「あまり例のない病気で・・・」主治医の先生の説明を聞いても心がついていけなかった。涙をこらえるのが精一杯。これからどうなるんだろう。どうして領なんだろう。妊娠中、何がいけなかったんだろう。ごめんね、領。丈夫に産んであげられなくて。ごめんね、ごめんね。」
 検査結果が出てからの母の日記には必ず「ごめんね」の文字が。いつも太陽のような母のイメージだっただけに日記を読んで、もう一人の悩む母の姿、子を想う母の姿を目の当たりにしたじ感じがした。
 僕は、検査結果が出てから、入退院、手術を繰り返した。僕にとって病院は「もう一つの家」そしてそこにいる入院友達は「家族、兄弟」になっていた。
 平成十六年三月。手術をしたものの改善がみられなかったある日、僕は運命の出会いをする。アメリカで医師をしている加藤友朗医師である。笑顔が爽やかで自信に満ちたその表情は、六才の僕には偉大に見えた。
 「僕は領君を助けます」その言葉から一ヶ月後、僕は渡米した。手術をする為だ。僕は、いまいち状況を理解できずアメリカに行ける楽しみと飛行機に乗れるワクワク感で一杯だった。出発当日、祖父母が見送ってくれた。泣いていた。二人が泣いてる意味がわからず無邪気に手を振ったのを覚えている。新幹線、飛行機、一気に夢の移動時間がやってきた。
 アメリカに着いた。見る物全てが新鮮。「今日からここが新しいお家だよ」と入った部屋からは海が一面に広がり僕の生活が始まった。
 手術の日は突然やってきた。父も母もいつになく厳しい表情をしていた。母は隠すようにしていたけど、あの目の赤さは泣いていたのだと思う。僕を迎えてくれた加藤先生も、穏やかながら表情は固く、これから始まる手術の大きさがわかった。初めて僕は恐怖を悟り泣いた。両親から引きさかれるように連れて行かれ手術が始まった。
 痛みで目が覚めたら僕の体には管が十本程あった。手術は終わっていた。そして、辛く長いと術後生活が始まった。でも僕は助かった。生きているから感じる痛み。生きているから流せる涙。そして、命のリレーをしてもらい助けられた命。六歳なりに感じた「想い」これは一生忘れてはいけない「想い」である。
 「領君を僕は助けます」という約束から今年で十一年を迎えようとしている。加藤先生と僕との約束は果たされた。そして今、生かして頂いている僕が約束、宣言をしたい。医師になる。命を助ける仕事に就く。今後は僕が命のリレーの手伝いをする。尊い命の為に。