第28回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2013年
第18回入賞作品

審査員特別賞

「ゴキブリがほしい」 祢宜 悟(41歳 教諭)

  長男(小学三年生)は、クリスマスプレゼントに、
「ゴキブリ!ゴキブリが欲しい。生きてるやつ。」
と言っている。家にはゴキブリが発生しないので、息子は図鑑でしかゴキブリを見たことがない。息子にとって、ゴキブリは、光っている憧れの虫なのだ。しかし、クリスマスの時期に、生きているゴキブリは難しい。いや、そういう問題以前に、妻は、息子を怒る。
 「そんなん、ゴキブリなんかあかんに決まってるやん。ゴキブリなんか!慎ちゃん、絶対そんなん買わへんからな。」
 息子は息子で納得しない。
 「だからママに頼んでへんって。サンタさんに頼んでるんやから、いいやん。なんでママが文句言うん?」
 子供に、サンタクロースを信じ込ませるように夫婦で努力したことが、裏目に出ている。
 ちなみに、我が家では、宿題や家の手伝いをきっちりしなければ、サンタの代わりに、ブラックサンタが来るという設定になっている。ブラックサンタは、悪い子のおもちゃをすべて奪う。サンタクロースのおもちゃはそのようにして供給される・・・という設定である。クリスマス前の時期、息子は謹厳実直に努力する。
 話は戻るが、妻子を落ち着かせるため、
 「クリスマスに、生きてるゴキブリいるんかな?サンタさんはフィンランドにいるからなぁ。寒いでぇ。」
 と私が、そういう方向に話を持って行くと、息子は、実際に調べてほしいと言う。そういうわけで、インターネットで一緒に調べた。「ゴキブリ・販売」と入力すると、出るわ出るわ。無菌で、生きのいいゴキブリが、数百匹単位で販売されている。息子は夢中だ。感動している。妻は画面を見て、怒る。
 「こんなんエサや。こんなん飼う人おらへん!絶対あかんからな。慎ちゃん、なんか他に欲しいのないん?」
 と聞くので、息子は少し妥協?して、
 「じゃあ、タランチュラでもいい。」と。
 タランチュラの中でも、ゴライアスバードイーターというのが好きらしい。その名の通り、小鳥さえ補食するという巨大な毒グモである。
 これもまた「タランチュラ・販売」と入力。出るわ出るわ、その道では人気商品らしい。見た目の割に、意外と毒は弱く、腕に乗せたりできるらしい。これも息子は大喜びだ。タランチュラ飼育日記みたいなのが、リンクしていたので読んでみた。
 「ビロードのような毛並みが美しい『こもこ』ちゃんです。水槽のメンテ、マスクなしでやっちゃいました。肺が焼けるようだ。体中のこのかゆさは、表現できません。」
 苦痛の中にも愛情あふれる日記は延々続く。要するに、細かな毒の体毛を飛ばすのだ。これは、全身と呼吸器に大変な苦痛をもたらすらしい。もちろん妻は怒る。
 「龍之介(次男・二歳)がかまれたらどうすんの?死んだらどうすんの!」
 確かに、赤ちゃんのことを考えたら毒グモの飼育は、すすめられない。しかし、息子は争う。
 「なんで、ママは僕の好きなもんばっかり、あかんって言うん!」
 結局、息子はモスラの人形を希望した。昭和の怪獣が好きなのだ。最近の怪獣は、カッコイイ感じが気に食わないらしい。古いやつばかり好きなので、日本橋のマニアな店に探しに行くしかない。
 サンタさんが来る日を待ちながら、息子は日々真面目にしている。長靴を作ったりして楽しみにしている。ただ、モスラはかなり妥協した感じがするので、私はこっそりと、本物そっくりのタランチュラのフィギュアを買っておいた。