第28回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2011年
第16回入賞作品

中学・高校生特別賞

「人を思う心」 池田 流輝(16歳 高校生)

 通学途中の電車の中。夏休みに捻挫をした左足は回復して、部活で走っても、ほとんど痛みはなくなった。窓の外を眺めると、今日も線路沿いのあの図書館が目に入る。電車に乗ると、毎回図書館に目がいくようになった。見るたびにあの日の図書館での出来事が思い起こされてくる。
 八月十九日。僕は部活の練習試合で左足に重度の捻挫をした。病院で診断された結果は全治三か月。歩くこともできず、松葉杖を借りることになった。初めての松葉杖生活。しかし僕は、左足を使わないだけで、大変な生活ではないと思っていた。
 しかし僕の予想に反し、とても不便な生活だった。季節は夏。座っているだけで汗が出てくる。ましてや、松葉杖で全身を使って動くともなると、少しの移動で大量の汗が出てきた。シャワーを浴びるときは、足につけているあてぎを濡らせないので、ビニール袋をまく。以前よりもシャワーを浴びるのに時間がかかるようになった。夏期講習に行ってもいつも使わないエレベーターで教室へ行き、荷物をどけて通路を開けてもらい席に着く。出かけるときも周囲の視線を集め、松葉杖だからしようがないと割り切るのにも時間がかかった。毎日がとにかく不便だった。
 そんな不便な生活の中で、僕は周りの人に支えてもらって生きていると感じられるようになった。両親には毎日送り迎えをしてもらった。妹はいつでも僕の手が届かない物を文句も言わずにとってくれた。学校で、クラスのみんなは僕が松葉杖でも通れるようにと道を開けたり、荷物を持ったりしてくれた。部活のチームメイトも「早く足治せよ」といつも声をかけてくれた。些細な心遣いがとても温かく感じられた。
 多くの人の支えや励ましのおかげもあり、僕の左足は回復した。今度は自分が今までの恩返しをする番だ。そう思い、周りのみんなからもらった優しさを周りの人に返してゆこう、人に優しくできる大人になろう、と未来の自分との約束をした。僕は、困っている人を助けよう、この気持ちがあれば、簡単に気遣いができると思った。
 しかし実際は違っていた。あの日、僕は勉強をしに市立図書館に行った。カウンターで席の利用券をもらい机に向かうと、近くの席に松葉杖を持っている女性がいた。その女性の横を通り過ぎ、机に向かい勉強を始めた。僕は勉強中も時々松葉杖の女性の方を気にしていた。女性が帰るときに荷物を持とうと思い始めていた。数時間後閉館のアナウンスが流れた。僕は片づけを始め、松葉杖の女性の方を見た。女性は本の入った重そうなバッグを手に抱えた。そして、バッグを持った方の手も使い、両手で松葉杖を使ってゆっくり立ち上がった。「荷物を持ちましょうか。」そんな言葉が浮かび僕は話しかけようとした。でも僕は立ち上がれなかった。僕は去っていく女性の背中を眺めているだけだった。
 結局僕は何をすることもなく帰途についた。自分の情けなさがくやしくてたまらなかった。捻挫をしてからたくさんの人からもらった優しさは、自分の心には響いていないのか。自分は変われなかったのか。自問しても「お前は変われていない」という答えしか返って来ようがなかった。今回僕は自分の、迷惑に思われるかもしれないという不安に押しつぶされてしまった。松葉杖の女性が大変な思いをしている、と考えることができなかった。自分の前に立ちはだかる不安。僕を止めたこの不安を乗り越えなければ自分との約束は果たせない。臆病になっている自分を奮い起こして、自分を変えなくてはならない。少しずつでも自分の殻を破って気遣いのできる大人を目指してゆく。