第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2011年
第16回入賞作品

佳作

「片目をつむれ」 伊東 静雄(82歳 無職)

 いたずらっぽい口調で「お会いしたとき名乗ります」という電話があった。察するに妙齢の婦人とおぼしき声である。
 ほどなく玄関チャイムが鳴って綺麗な若い女性がニコニコ顔で訪れた。「今晩わァ、おトラでーす」「おトラ??」首を傾げていると「先生が名付け親なんですけど」とのこと。右頬にできるえくぼで瞬時に思い出した。
 「もしかして夢香ちゃん?」「ピンポーン」。いや吃驚、実に二十年ぶりの再会である。
 坂部夢香—漁師町のS小学校で三年生の彼女を担任した。当時私は三十一歳。
 えらくお転婆な子で、石垣の隙間に半分もぐりこんでいた青大将をひきずりだし、振り回したという武勇伝の持主だ。父親は「付いてるモノが違うんじゃないの」なんてキワドイことを言って笑うが、学年随一の器量よしの上、すこぶる怜悧な女の子であった。
 ある日、校庭の柿の木から落ちて負傷し、保健室で手当てをうけている夢香ちゃんに言った。「お前なぁ、ユメカの名は似合わんぞ」「じゃ何て?」「そうだなあ…おトラ、これならピッタリだ」。
 勿論からかったのだが何故かえらく気に入ったとみえ、友達にも「おトラ」とよばせ、授業中も「おトラ」じゃないと返事もしない。マイッタのは参観日。並み居る父兄の前でまさか—。窮地を免れる為に「今日は本名でいくからな」と事前に因果を含める始末。
 当時、先生族の中にも先鋭的な”人権派“が勢力をふるっていたから「子どもに綽名をつけるとは何事か!」とコワイ弾劾がふりかかってくる可能性があった。
 ところで我が家を訪れた用件とはこうだ。この秋結婚することになった。相手は同年同僚の半田栄治君、恋愛三年に及んだ末の決断とのこと。ついては伊藤先生にぜひ出席願いたい、いや出席する義務があるから確かめにきたのです、とセマる。聞けば卒業式の日、「お嫁にいく時は必ず報せろよ。絶対に駆けつけるから」と約束した、と言うのである。
 ヘーエそんなこと言ったっけ、と思ったが快諾した。当日の日程の説明後、「もう一つお願い。祝辞をぜひ」と頼まれるとこれも即座に首をタテにふる。
 さていよいよその日。
白無垢衣装に身を包んだ夢香ちゃんのきれいなこと。目を見張る花嫁御寮である。
祝辞第一号に指名され、いそいそとマイクの前に立つと昨夜から練りに練って考えた贈る言葉をさりげなく述べた。
 「…夢香さんはよりよき伴侶を選ぶのに両目をしっかりあけて見極めたでしょう。しかしこれからは—片目をつむってやれる嫁になりなさい」とあえて説教調で話し、意図していた通り三分以内で終らせた。
彼女は私の方へ向き直り、「ハイ、約束します」とほほえみ返す。その口調には本気度の高さがうかがえた。
 この祝辞は手前味噌めいて恐縮だが参会者の中にも思わぬ反応があった。列席した多くの夫婦のうち旦那さんは大きく頷いて賛意を表し、奥様連は微苦笑した。双方に思いあたるフシがあるのだろう。—
 後年、夢香ちゃんの夫君半田栄治君から数回手紙を頂いたことがある。嬉しかったのは「夢香は先生のいいつけを拳拳服膺し、実践してくれるので小生は大助かりです云々」の文句で、夢香ちゃんのよき妻ぶりがしのばれる。それにしても〈ケンケンフクヨウ〉とはずい分とクラシック?な熟語を知っているもんだ、と感心した。
 ある年の年賀状には夢香ちゃん一家の写真入りで夫婦の脇に凛々しい少年の姿がある。これについて半田君の添え書きが実に小粋で忘れられない。こうあった。
「先生、結婚式の時夢香はすでに妊娠しておりました。そのときの子がこの子、ただいま小学五年生、〈トラの子〉三四郎です」。