第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2010年
第15回入賞作品

佳作

「腹わたに沁みる「酒」を父と…」 中野 雄介(23歳 介護福祉士)

 俺が中三時、父が「駆け落ち」して家を出た。無責任な父が許せなかった。
 急きょ、母が細腕で、家族を養うことになった。後期高齢者の祖母が同居することになり、家事全般を引き受けてくれるようになった。その頃、3才上の姉が「鬱」を発症。今だ治癒ならず。
 そんな家庭環境だったから、俺は必然的に「介護」の道にすすんだ。不器用で何事においても鈍な俺は、専門学校では、クラスメートの何十倍もの努力・忍耐・そして根気が必須であった。それを知ってか…、祖母は俺の為に「着衣や患者モデル・家事」を辛抱強く何度もくり返し指導してくれた。
 その祖母の尽力のおかげで俺は「介護福祉士」の免許を取得できた。その年に「成人式」を迎え、運よく「車」の免許も取得できた。
 初めて人から褒められ心から祝福された。
「ほんに嬉しかったなあ…」
 実は、この報告、父に一番に伝えたかった。
 父が知っている俺は「のろまで不器用でLD児(=学習障害児)だから駄目な奴」とレッテルを貼られていたからだ。その頃から、もう8年
 でもその俺が今や「介護福祉士」プロとして高齢の方々のお世話させていただいている。人生の大先輩の方々と触れあっていく内、俺は気付いていった。父もあの時、何か辛かったんだろう…、何か悩んでいたのかもしれないなあ…。
 俺が社会人になった今、それなりに人間の弱さ、はかなさが少しは把握できるようになったと思う。生意気のようだが、社会の厳しさが身にしみてよくわかる…。
 そう思うと父への憎しみが除々に緩和されていき、今や、俺にとって父は憧れ的存在に近いのだ。

 拝啓、親父殿。
 親父、元気でいるか?
 俺は今年の8月でもう23才になったよ。親父が家を出て正直いって、その存在さえ許せなかった。でも俺は今や社会人「介護福祉士」として毎日、充実した時を過ごしている。
 施設内では一番若い、体力がある、体がでかいということで高齢の方々からはモテモテさ。(笑)
 親父が去って、おふくろから聞いたよ。俺につけてくれた名前「雄介(ゆうすけ)」。俺とても気にいっているんだ。「ゆうすけ」の「すけ」は介で介護の「介」だもんなあ…。まさに将来を見通して親父は、この名をプレゼントしてくれたんだね。
 『ありがとう!』
 俺にとってこの仕事は天職だと思ってる。

 ”初月給、父に土産の生一本“
 親父は酒好きだったなあ。俺は酒がのめる年をとうに過ぎた。威張って返盃できる。
 よくTVで親父と息子が屋台で酒汲みかわすシーンみているとやけに羨ましく思う…。
「いつか差し向かえで親父と酒を汲みたい、腹わたに沁みる酒を」と思っている。
 初の給料の日だった。俺は親父と住んでいた頃の兵庫県西宮・灘五郷の「山田錦(やまだにしき)」とびっきりの上等の酒を買ってきたんだ。
 おばあちゃんとおかあさんが
 『あらー、まあ…』
 目を丸くして驚いていた。けど俺はとても満足で何かウキウキした…。いつか二人で飲もうと封切らずに床下にねむらせている。
 「親父」心で何度も叫んだこのこ・と・ば。
一度は、声に出して、大声で叫んでみたい!
『おやじ?』
 俺は、ここにいる。
 会いたい!!
あんたの息子より