第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2008年
第13回入賞作品

審査員特別賞

「私はこの約束を守りたい」 柳原 久世(学生 女性)

 高校生になったら髪を染めたいという不思議なあこがれがあった。先輩の中には染めている人が居たが、毎月行われる制服検査で先生達から指導を受けているのを見て「怒られるぐらいなら染めなくていいか」とあきらめるようになった。それに入学当初から趣味で参加していた劇団で、中学生の役を与えて頂いたので中学生のイメージを崩さないように髪色は変えないことにした。
その劇団の公演が十一月に終わり、劇団はその時をもって解散となった。劇の練習に対して夢中で参加し、仲間と沢山楽しい時間を共にしていた私は燃え尽きたように無気力になり始めた。熱を注ぐものを失ってしまい、学校に足が向かなくなった。気が付く頃には自然と遅刻の数と欠席が増えていった。そしてドラッグストアに立ち寄った際、シャンプーを買うついでにウロウロしていた私は髪染めのコーナーで足が止まった。かつて抱いていた不思議なあこがれが一気によみがえってきた。もう劇団での活動は無く、今なら先生に何を言われても何も思わないくらい投げやりであった私は、割と暗めの色を選び買ってその日の夜に初めて髪を染めた。その時はあまり目立たない程度の色で仕上がったが、それだけでは気が済まなくなりより一層明るい色にした。オレンジ色に近い色になり、私は満足した。
その時髪を染めたのには少しだけ私のわがままな「自己主張」が込められていた。もともと人に対して相談をすることや気持ちを吐き出すことが苦手だった私は、誰でもいいから周りの大人に気付いて欲しかった。それまで打ち込んでいた劇の存在を失い、心が落ち着く場所まで無くしてしまった。そんな私は出口の見えないトンネルの中で足が動かないまま、誰にも気持ちを打ちあけられずにどんどん迷い道に進んでいった。だから一言だけでいいし、何でもいいから誰かが私を気にしてくれたらと思っていた。「髪を染める」というのは、その時の私にとって不器用なSOSであった。
担任は口うるさい人でなかったが、ある時放課後に先生と話す機会があり、私は「モヤモヤする気持ちをぶつけられるのが髪を染めることしかない」ということを伝えた。もちろん担任の先生は「じゃしょうがない」と認めてくれるわけは無く、長い間話しを聞いてくれた。そして、私は今度の会議で処罰の対象になるかならないかの所まできているということをその時知らされた。怒られるのを嫌っていたのに、もうその時には「どうでもいいや」と自暴自棄になっていたのでそのままの髪色で毎日を過ごし続けた。
ある日、担任の先生に「会議があった」と聞かされた。私は早く帰りたかったので逃げようとしたが、
「髪色を黒にして来い。会議で先生方にお願いして処罰するのを待ってもらうことになった。来週までに黒にしてきたらいいようにしてもらったから。」
私はそんなことを頼んでいないし、むしろ担任が他の先生にお願いしてくれたことにどう反応して良いか分からずその場から立ち去ろうとした。そんな私に担任の先生は
「髪の色、黒にして来いよ、絶対。」
と強く念を押した。
自分の気持ちのモヤモヤが無くなったわけではないが、担任の先生が私を見捨てたわけではないと思うと少しだけホッとした。そして、つまらない意地を張るのをやめようと思うきっかけになった。先生との約束は、私をとても勇気づけてくれた。まだ私は見捨てられていない。この約束は必ず守らなければいけないと強く思い、私は久しぶりに髪を黒にした。
約束は、相手が居るからこそ意味がある。向き合ってくれた担任の先生との約束を果たした私は少し清々しかった。