第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2008年
第13回入賞作品

佳作

「災い転じて福」 鎮守 賢治(44歳 男性)

 脳動静脈奇形という先天性の奇形血管が原因で30歳代に脳内出血を発病。担当医からは「命が助かっても右半身麻痺の寝たきり生活になる」と言われていたが手術が成功、リハビリの成果で歩けるようになり2ヶ月半後には退院。自宅療養をして週3回リハビリ通院をしていた。
脳疾患の後遺症は発病から半年間が勝負。半年を過ぎると麻痺は回復期から維持期になるらしい。瞬く間にその「半年後」がやって来た。軽いランニングが出来るようになりたい、字や箸は利き手の右手で使えるようになりたい、という目標でリハビリに励んでいたがその願い空しく右手は箸を使うどころか持つ事も出来なくかった。多くの友人から
「歩けるようになっただけでも奇跡だよ」
と励ましてもらったが私は
「もう今以上には良くならない。俺は走る事も字を書く事も出来なくなってしまった」
と落ち込んでいた。
そんな時1人の後輩が見舞いに来てくれた。
「左手を訓練して右手と同じように書けるようにしましょうよ。元々汚い字しか書けなかったじゃないですか」
確かに病気以前、私の字は天下一品の下手さだった。続けて
「災い転じて福と言うでしょう。その若さで命にも及ぶような病気をしたって、まさに災いですよね。後は福を手に入れるだけです。その言葉を証明して下さい。約束ですよ」
と言ってくれた。
根が単純な私だ「豚もおだてりゃ木に登る」ではないが
「よっしゃ、まかせない」
と固い握手をした。今までの沈んだ気持ちは何処かへ飛んで行き、左手で字を書く、箸を使う練習も意欲的に取り組むようになった。
そしてせっかく「福」を手に入れるチャンスが来たんだからと、今の身体で何がやれるかを考えた。しかし考えれば考えるほど良いものは思い浮かばず、暫くは何かをやりたい、でもやりたい事が見つからない、そんなじれったい日が続いた。
何年か経った頃、ふと以前は文章を書くのが好きだったと思い出した。と言っても小学生の頃作文が得意だった程度で、20年以上文章らしい文章は書いていない。それでも「これだ」と思い早速公募雑誌を買って来た。
病気をする以前からパソコンは得意だった。左手だけでもキーボードを押し文章作成は出来る。最初は川柳や標語そしてエッセーといった比較的短い文章を募集しているのを選び、片っ端から応募した。そのうち「1つの作品に入魂した方が良い」と思うようになり、どの作品に応募するかじっくり考え、その作品を「これ以上訂正する箇所は無い」と納得するまで仕上げた。無論応募する以上は大賞、特賞を狙う。応募後はドキドキして結果を待った。
結果は大負けに負けた。通算成績5勝142敗。それも入選や佳作を勝ちに入れての数字だ。当然大賞受賞はまだ無い。しかし何度負けても「今度こそ」と今まで以上に闘志が湧く。次は長編文学賞に挑戦しようと準備している。
ある時、何勝すれば福を手に入れ、約束を果した事になるんだろうと考える時があった。そしてあの時約束をし、それを果たそうとして「文章を書こう」と思った瞬間に福を手に入れたのだと気付いた。おそらく障害を持つ身体にならなかったら
「後は福を手に入れるだけです。その言葉を証明して下さい」
「よっしゃ」
と約束をしなかったら、自暴自棄の生活を送っていたかもしれない。
 今私には目標がある。1つ大賞を取り約束をした後輩や病気をした時に心配をかけた方々に報告する事だ。専門の勉強もせず40歳代で文芸大賞を目指す無謀なオッサン。でも文章を書くのが好きだから辞められない。あの時後輩は何とか励まそうとし、希望を与えたくて「約束ですよ」と言ってくれたと思うが、私の中に眠っていた夢中になれるものを教えてくれた「約束」に今も深く感謝している。