2008年
第13回入賞作品
佳作
「人生ゲームとサンタ」 藤井 直子(52歳 女性)
人生ゲームはサンタクロースからのプレゼントだった。サンタは夫の提案で娘たちが起きているときにやってくる。(朝早く出勤する夫が、プレゼントを貰って喜ぶ娘達の姿を見たいというちょっと自分勝手な理由で)それぞれがサンタに欲しい物を手紙に書いて迎えるイブの夜。私の作った料理を食べながら、いつサンタが来るかわくわくしている娘達の様子を見ながらタイミングを計って夫が席を立つ。目で私に合図をしてトイレに行った振りをする。しばらくして窓をガタガタと叩くような音。「あ、きたぁ~!!」悲鳴に似た声をあげて一斉にベランダに出て行く娘達。そこにはたいていは希望通りのプレゼントが置いてあるのだった。(猫は無理だった…)喜ぶ娘たちの姿に夫も満足の様子で我が家のクリスマスは無事終了というわけである。その年は長女リクエストのプレゼントだった人生ゲームを早速家族五人で始めた。
『株券を買う』『家を買う』『弁護士になる』-経験のない人生を、意味がわからないまま小三の長女、小一の次女、来年から幼稚園の三女が進む。
『子どもが生まれる』『保険に入る』-堅実な夫婦はゲームであっても冒険せずに手堅く進んでいく。説明書を読みながらの初めての人生ゲームは思ったより時間がかかり、その日は二回だけでやめて、夫と娘達は寝てしまった。
二日後、「行ってきます。」と言って会社に出かけた夫は、二度と家には帰ってこなかった。心筋梗塞で突然、三十七歳の人生を終えてしまったのだ。
クリスマスは次の年もサンタがプレゼントを持ってきた。その次の年も。
夫の三回忌がイブと重なったため、サンタに手紙を書いて日にちを変えてもらったこともある。本当に融通のきくサンタさんだ。
「包み紙がそごうのじゃけど、変装して買いに行きよるんじゃろうね。」
「みんなはサンタはおらんって言うけど、うちのは起きとる時に来るけぇ本物よね」
サンタを信じたい娘たちは、信じるに足ると思われる理由を一生懸命考える。テレビではデパートでクリスマスプレゼントを買ってもらっている子ども達が映っている。情報社会でサンタを信じ続けることは至難の業だ。信じ続けさせることも。
長女と三女はサンタの存在に徐々に疑いを持ち始めたようだが、信じていたいという気持ちもあってか、敢えて追求せずプレゼントを待っていた。次女はずっと素直に信じてしまい、同級生からも少し呆れられたようだったが、信じきっている娘に中々事実を言えないままだった。
一人で準備をするイブの夜は中々緊張する。『起きている時やってくるサンタ』を私一人で演出するのは大変だ。寝ている娘達の枕元にプレゼントをそっと置く方がどんなに楽だろう。夫の提案で始まった『起きている時やって来るサンタ』を恨めしく思いながら毎年、いつプレゼントをベランダに置くかそのタイミングをどきどきしながら一人で考える。そして次女が中二のイブにとうとうサンタの正体はばれてしまった。それはほっともしたけれど、ちょっと悲しい幕切れだった。
それからのクリスマスはあまり記憶にない。プレゼントを買い揃えて車のトランクに入れて隠しておく事も、イブにそのプレゼントをこっそりベランダに移動させる事も必要なくなったから。
そして、ずっとサンタを信じていた娘も社会人になった。人生ゲームの出番は中々ない。夫の最初で最後の人生ゲームはどんな結果だったのだろうか。約束しなくても続くはずだった夫と一緒の人生は、夫がいないまま続いている。