第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2008年
第13回入賞作品

佳作

「僕は一人で大丈夫だから」 田中 美佐(42歳 女性)

 私の次男ぴっぴは、小さい頃から身体が大きかった。だが、気持はとても繊細で、友達から、『デブ、ゴリラ』とからかわれて何も言い返せず傷つき、幼稚園を登園拒否するまでだった。
そのぴっぴに自信をつけさせたいと、2歳上の兄ぽっぽが習っていた空手を習わせることにした。ぽっぽは少しやんちゃだったので、礼儀と人の痛みがわかる子になって欲しいと習わせ始めたのだが、ぴっぴには、自信をつけさせたいと、ただそれだけだった。
ぽっぽは器用で、すぐに上達したが、ぴっぴはとても不器用な上、体が太っていた為動きは緩慢で、見ていた私も「空手を始めたのは間違いだったかもしれない。」そう思うこともたびたびだった。そうしながらも、ぴっぴはこつこつと練習を重ね4年の歳月が過ぎた。母親の私から見ても、いまいちへたっぴなぴっぴだったが、身体が大きいことからか、道場の先生は「ぴっぴはきっと将来、強くなるから、頑張るんだぞ!」そう声をかけてくれていた。だが、出る試合出る試合、負けてしまう。ぴっぴの身体の半分もない子の勢いや気力に圧倒され、後ろに下がって打たれてしまい負けてしまうのだ。
先生がおっしゃるにはぴっぴの問題は気持ちだけで、気持ちさえ強くなれば、空手が強くなる可能性があるということだった。
「どうすれば気持ちが強くなれるか」私は考えた。そして、「私が実際に空手を習い、頑張っている姿を見せよう」そう思った。そして、ぴっぴと約束した。「お母さんは空手を習う。そして、たくさん練習して試合に出る。絶対後ろに下がらない。そして勝つ。」
それから私は、週に何回も道場に通った。昔は運動選手だったが今はただのおばさん。その私が男性と混じって練習した。家では家事の合間に腹筋とスクワット。犬の散歩の時は、公園に行ってジョギングとダッシュ。愛犬ラックは喜んで私と走った。
1年程たち、私は空手の新人戦に出場した。『女子初級軽量級』というクラスに出場した。苦しいながらも、ぴっぴとの約束「後ろに下がらない。」それを忘れずに戦った。一回戦。自分より20歳も年下の大学生との試合。延長の末勝った。そして2回戦。私より少し年下の選手に勝てた。そして私は3位に入賞した。ぴっぴは感動してくれたようだった。私が家でも道場でも努力している姿を見て、ぴっぴも何かを感じてくれたようだった。
その頃からぴっぴは強くなった。小学校5年生の9月には新潟での全日本大会で優勝することが出来た。私も半年後に行われた、『第1回全日本女子空手道選手権大会』のマスターズ軽量級というクラスで3位になれた。
その年ぴっぴは6年生になり、気力も空手も強く、私が安心して試合を見られるまでに成長した。幼稚園の時、友達にからかわれて、幼稚園に行けなくなったぴっぴはもういなかった。
ある時、私は関東のある小さい大会で優勝することが出来た。その時ぴっぴがわたしのそばにいてくれた。
ぴっぴが強くなり、私が優勝という奇跡を起こしてから、私の空手に対する気持ちの緊張の糸が切れたようになった。「ぴっぴのために私は頑張らなくてはいけない」そういった気持がなくても、ぴっぴが頑張っているのを感じるようになったからだ。

そしてある日ぴっぴが私に言った。「お母さん。今までありがとう。僕はもう大丈夫だから。お母さんが頑張った姿は目に焼きついているから。僕、今だから言うけど、お母さんが空手をして大怪我をしたらどうしようと心配だったんだ。だから、お願いだから、もう試合には出ないで。僕は一人で大丈夫だから。約束するから」。
ぴっぴはこの12月全日本大会中学重量級というクラスで、3位になることが出来た。