第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2008年
第13回入賞作品

佳作

「夏の約束」 三上 和輝(24歳 男性)

 その日の空は突き抜けるように青く、西の空には巨大な魔人のような入道雲があった。
気温は36度を記録し、天気予報のお姉さんの化粧は少しばかり崩れていた。
そんな暑さにもかかわらず、スタジアムには多くの人が詰め掛けた。
 高校野球地区大会決勝
観客が見守る中、僕らはマウンドに集まっていた。
スコアボードを見上げると、暑さで文字が歪んで見えた。
 八回・二死満塁。
一点リードしながら迎えたこの試合最大のピンチ。
 ここを乗り切れば勝てる。
しかし、球場は異様な雰囲気に包まれ、観客は何かを期待していた。
 主将の僕は、仲間をマウンドに集めた。
真夏の連戦、極度の緊張の連続に、仲間の表情は固かった。
 高校三年間、バカみたいに野球ばかりしてきた。
他の友人達が、女の子とデートしているのを横目に、丸坊主の僕らはグラウンドで悲しいほどに、白球だけを追いかけていた。
そんな三年間の最後の試合。
見えないプレッシャーは、十七歳の高校生の肩にはあまりに重かった。
 マウンドの僕らは、ベンチからの監督の指示を待っていた。
頼るものが欲しかった。
 ベンチから、一人の選手が走ってきた。
背番号十三番をつけた彼はチームの伝令係だ。僕らのチームには伝令係というものがあった。彼は試合には出ない。ピンチになると、監督の指示を全力で走って伝えに来る。それが彼の役目だ。
 その時も、彼は全力で、そしてやっぱり笑顔で走ってきた。
僕らは、彼を急かして監督の指示を聞いた。
しかし、彼は僕らが予想もしなかったことを言った。
 「走ってくる間に忘れてしまったよ」。
 僕らは唖然とした。この大事な場面で何を忘れることがあるのか。
しかし彼は気にせず続けた。
 「そんなことより、帽子をとってみろよ」
 彼に言われるまま、僕らは帽子をとった。
すると帽子のひさしの裏には、それぞれが自分のために書いた言葉があった。
 「真向勝負」
 「自分を信じろ」
 「堅守」
 それぞれの言葉がマジックで書き込まれていた。
僕らは、黙ってその言葉を眺めた。スタンドのざわめきがやけに遠くに感じられた。
ふと、伝令の彼の帽子に目がいった。するとそこには、こう書かれていた。
 「友を信じて走る」
 試合に出ることの出来ない彼は、仲間を信じることしかできないのだ。僕らと同じように、三年間、女の子とデートもせずに、ただひたすらに白球を追ってきた。それでも、晴れ舞台に立つことのない彼の言葉。彼は、どんな想いでマジックをとり、その言葉を書き込んだのか。
 みんなの顔が締まった。
勝負だ。
 そして僕らは、今一度、全ての仲間に対して約束した。
絶対に守らなければならない約束。
 「勝って、校歌を歌う」
僕らは、大きな掛け声を一度だけかけると、それぞれのポジションに散らばった。
観客はスタンディングオベーションで、勝負の時を迎えた。
空を見上げると、少しだけ風が吹いていた。
 しかし結局…
相手チームの校歌を聴きながら必死に涙を堪えた。
試合後、
「胸を張れ」
主将として仲間に、自分に、言い聞かせた。
 スタジアムを出ると、驚くほどたくさんの人が拍手で迎えてくれた。
真夏のクソ暑い中、受験勉強もさぼって、応援に来てくれた仲間たち。
堪えていたものが一気に溢れた。止まらなかった。
帽子を深くかぶると、ひさしの裏の「堅守」の文字が滲んで見えた。
 ふいに応援に来てくれた仲間の誰かが歌いだした。
そしてそれはやがて大合唱となった。
 僕らの校歌だった。
 約束には色々な約束がある。
その全てにおいて大切なのは、
約束をする人の心だ。
 約束はココロでするものだ。
僕は、結局、約束を守れなかったことになる。
それでも、あの時約束した心に嘘が無かったし、全力をつくしたつもりだ。
その心があったからこそ、
約束の為、頑張った自分がいるからこそ、
あの時、仲間は校歌を歌ってくれたのだと思っている。