2008年
第13回入賞作品
優秀賞
「夢線」 林 佑子(22歳 女性)
東京、宇都宮、山形、立川…小学生の頃、給食の時間は幼馴染のダイチとタクヤと三人で『駅名しりとり』をするのが日課だった。『駅名しりとり』とはその名の通り、駅名でしりとりをするという非常にマニアックな遊びのことだ。
東京の小学校から転校してきた私は、ある日の給食時、奇妙なしりとりをしている男子の会話を耳にする。父が大の鉄道ファンだったこともあり、私にはすぐに彼らが駅名でしりとりをしていることが分かってしまった。そしてそこで思わず「私も入れて」と言ってしまったこと。それが、私達三人の出会いであり、夢のはじまりだった。
時刻表を片手に、三人で一緒に都電荒川線に乗ったり、交通博物館に行ったり、とにかく色々な電車に乗って、色々な所に行ったのを覚えている。何処で何線に乗り換えて、何時に駅を出て…一冊の時刻表の上で三人で額を突き合わせる私達の心は、いつだって路線図の上を旅していた。
もう何度目かの旅の計画を立てていた時のことだ。
「三人で電車の運転士になれたらいいね」
私がもらした、密かな私の夢。ダイチとタクヤの夢が電車の運転士になることだと知っていた私は、いつの間にか自分もまた彼らと同じ夢を抱いていることに気づいていた。
三人で運転士になる。それが、幼い私達の夢であり目標であり、そして将来の約束になった。
最初に夢の切符を掴んだのは、高卒で鉄道会社に就職したダイチだった。
私は短大、タクヤは専門学校に進学し、「先に待ってる」というダイチを追いかけて就職活動の時期を迎える。
就活中の時、ダイチは私とタクヤに「先輩」として度々アドバイスをくれた。面接でよくされる質問、試験の傾向、簡単な業務知識。私達が額を突き合わせているのは時刻表の上ではなく試験対策本の上だったけれど、「運転士になる」という思いは幼い日のままだった。むしろ誓いを立てた一人が既に一歩先を行く分、そして就職がかかっている分、私とタクヤの胸中は切実だった。
先を行くダイチへの羨望。自分は本当に就職できるのかという不安と焦り。タクヤとその不安や焦りを共有し、分かち合い、ダイチはそんな私達を応援し、支え続けた。
三人全員で運転士になることがすべて。そのためにまず、鉄道会社に入る。誰が欠けても、この夢は、約束は果たせない。一人の夢が、三人の夢だった。
そして迎えた、短大二年の六月。私は無事に第一希望の鉄道会社、今勤めている会社に内定をもらい、晴れて夢の実現への切符をこの手に掴むことができた。
「まさか、お前が本当に鉄道員になっちゃうとはね」
悪態をつきながらも、ダイチの頬に浮かぶ安堵の微笑は見逃さない。そして私の内定報告に遅れること数日、私とダイチは、今度はタクヤから一通のメールによって呼び出された。いつも待ち合わせに使う喫茶店に集合した私達に、開口一番、タクヤはこう言ったのだ。
「お待たせしました」
あれから二年。
今、私の制服の胸ポケットには、二枚の写真が入っている。一つは、十二年前に交通博物館で撮った、三人の写真。もう一つは、私の実家の写真館で撮った、三人の制服姿の写真。三人それぞれ制服は違うけれど、鉄道という一本の線の上で、運転士という終着駅を目指す、大切な約束の写真だ。
約束への切符を手に旅する、三人の証。
その証を胸に、今日も私は業務につく。
「お待たせ致しました。のぞみ号博多行き、まもなくの到着です」