2007年
第12回入賞作品
優秀賞
「祖母との最後の約束事」 幸田 一伸(30歳 男性)
堅物の私が、時折子ども用のラジコンをいじりながら思い出すことがある。
小学生の頃のある日、祖母と一緒に近くの神社の草むしりをしていると、ラジコンカーが砂利道を走っていった。私は手を休めてその勢いのある様に見とれていたのを覚えている。
というのも祖母との遊びは、花札やカルタばかりで、外に出たかと思うと、庭の池の鯉に餌をあげたり、草花をいじったりと、友達と遊ぶのとは違って私には味気なく感じることが多かった。
そうでありながら訪ねる際にはいつでも浮き浮きしていたし、そのどれにも思い出のこもっていないものはない。
私の様子に気づいたらしい祖母は、
「一伸もああいうのほしいのか?」
と聞いた。私は、
「うん」
とうなずいた。
「じゃあ、十歳になったら、大きくなったご褒美に買ってあげるからな。それまで待ってろな」
と言った。私がしばしば物欲しそうに見ていたのに気づいていたのだろう。祖母は十歳の誕生日にラジコンを買ってくれる約束をして、私のほうは十歳まで我慢するというだけの簡単な約束をした。
私は喜んだが子ども心にもそんな新しいものを手にしたら、何か自分が祖母から遠くへ離れて行ってしまうようなもの悲しい気がした。しかしそのような気持ちはすぐに忘れてしまって、十歳になる半年も前から玩具屋を回り、親や友達にも自慢してずっと楽しみにしていた。それに祖母が約束を忘れてしまわないように時々その話題を出すようなこともした。
そしてあの日は店へ一緒に見てもらいに行った。私は見当をつけていたものを持ってきて、どうせ後で買うなら今買ったって同じだよとしつこくねだった。しかし祖母は
「十歳になったらって言ったべ。約束を守ったほうがずっと後まで気持ちがいいんだよ」
と言った。私にはただおもしろくないだけだった。
別れ際、度々振り返る私に祖母がいつまでも立ち尽くして手を振っていたのが思い出される。
それから少し経って、約束が果たされないままに、祖母が死んだことを学校で突然告げられた。やさしく迎えてくれるはずの祖母の家の中には知らない人たちが物々しく動いており、祖母がひっそりと横たわっているのを見てから、私は涙すら流せないまましばらく何も手につかなかった。
そんな中で十歳の誕生日を迎えたのだった。親からプレゼントをもらったものの、やはり心の底から喜ぶということはできなかった。しかしその後、風呂敷に包まれたままゆっくり渡されたもう一つのものに胸を突かれた。何となくわかってどきどきしながら結び目を解くと、祖母の家の懐かしい匂いが立ち、いつのまにか忘れていた約束のラジコンが現れた。祖母の家から出てきたとのことだった。祖母は死を予感していたのかとふしぎな想像をしてみたこともあったが、ただあの時私が選んだラジコンを、売り切れてなくならないように買っておいてくれたのだろう。ファミコンがすぐに売り切れてしまう時代だったから心配してくれたのかもしれない。私は、私を喜ばせようと一人で黙ってラジコンを買いに行くいかにも祖母らしい姿を思い浮かべた。いろいろな思い出が膨らんでいってつかえていた涙がわっとあふれ出た。母親が心配したくらいだった。
だが私は本当に嬉しかった。最後の涙を拭いながら祖母の気持ちのこもったラジコンを動かしたとき、ようやくその死を明るく受け入れることができたと思う。「約束を守ったほうがずっと後まで気持ちがいいんだよ」と言った祖母の言葉の意味が、思わぬことに、より豊かな広がりをもって確かなものとなった。便利なものはたくさんあるが、大切なものはこうして生まれていくのだろう。
それからあっという間に三倍の年を取り、私は半人前のまま三十歳になってしまったが、時折ラジコンをいじりながら、成長を祝ってくれた祖母に恥ずかしくないように生きているかとこの最後の約束を思い出すのだ。