2006年
第11回入賞作品
佳作
「お父さん、『約束』するって、どういうこと?」 成田 あお(37歳 男性)
ある日の夕方、小学6年生の息子が真顔で尋ねてきた。
なんでも、学校の国語の授業で、『走れメロス』を学んだらしい。
「あの作品の中に描かれている通りのことだよ。」
わたしはあまり深く考えずに、そのまま応えた。
「でも、あの話って、『友情』の話だよね。ラストで、王様まで仲間にして欲しいって。」
息子なりに何かを考えているらしい。
面白いので、話に乗ってみた。
「うん、そうだね。美しい『友情』に裏づけされた『約束』を守ることの尊さを唱っている作品だね。」
「じゃあ、お父さんがメロスだったら戻ってくる?」
なかなか難しいことを聞いてくる。
「うーん、結局、結末を知っちゃっているから、『約束どおりに戻るのが正解』ってことになるけどね?」
息子の正面攻撃に耐え切れず、私は回答をはぐらかした。
「僕は、戻ったメロスより、人質になった親友のセリヌンティウスの方が立派だと思うんだ。」
「どうして?」
「だって、メロスには自分でどうにかする自由があったでしょ?戻るにしろ、逃げ出すにしろ、あとで自殺するにしろ、ね。」
「そうだね。」
「でも、セリヌンティウスは2年ぶりに田舎から出てきた親友のメロスが、いきなり町に着くなり、テロリストになって逮捕されて自分を人質にして、私用で3日間釈放されるというんでしょ?」
「うん、彼にしてみれば、親友の勝手な行動に無理やり、つき合わされているよね。」
「それでも、二つ返事で人質をOKしたんだよ。それって、凄くない?」
私は息子の言葉を聞いて、彼が予想外に大人びた考え方をするようになったことに、驚きと喜びを感じた。
「なるほど。じゃあ、彼が人質を買って出た時点で、メロスが帰ってくるのは、人として、当たり前だったんだ。」
私は、子供の頃から、一方的に戻ったメロスが偉いのだと信じ込んでいた。むしろ、メロスの帰還を一瞬でも疑ったセリヌンティウスが潔くないとさえ、思っていた。
「だから、人質になることを二つ返事でOKした時点で、セリヌンティウスは親友の取るべき行動という『約束』を果たしたんだよ。」
私の息子は、すでに大人の男として、成長しつつあるようで、とても頼もしく思えてきた。
「結局、『約束』って、自分自身の心とするんだね。君も約束を守る男になってくれよ。」
「じゃあ、お父さんも今度の週末に、遊園地に連れて行ってくれる約束を忘れないでね。」
すました顔で息子が言った。