第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2006年
第11回入賞作品

佳作

「中卒の誓い」 平野 裕詞(34歳 男性)

 俺は中卒だ。高校に入学して1ヶ月で退学してしまったからだ。
 今考えると些細な理由のような気がするが、校則や雰囲気、教師や先輩の態度、すべてが受け入れられず、1週間通学しただけで不登校になってしまった。大学を目指して意気揚揚と入学したはずなのに、様々な矛盾に直面し俺は逃げ出した。家からも逃げ出し、映画館や喫茶店に入り浸り、1人で街を徘徊していた。

 退学を決めた夜、親父が俺に京都行きの新幹線のチケットを渡してきた。
 俺は、あまり親父の生き方が好きではなかった。優しい父ではあったが、サラリーマンで、上司から掛かって来る電話には、ペコペコしているように見え、とても格好悪く思えた。
(なんで親父と二人でそんな所に行かなくちゃいけないんだ!ふざけんな)と思ったものの、そのチケットを捨てることができなかった。
 次の日、俺は戸惑いつつも電車の出る時間の上野駅のホームにいた。親父はすでに来ていて、お茶と弁当を2つづつ持っていた。
 親父はぐちゃぐちゃと京都行きの理由を話し始めたが、俺は無視して電車に乗り込んだ。
 電車の中でもいろいろ話し掛けてきたが、俺は一言も発せず、ぼんやりと目まぐるしく変わる景色を見ていた。
 静岡あたりを過ぎた頃、親父は「弁当でも食べるか?」と言い、1人で弁当を広げだした。「おいしいぞ。」と言いながら親父が食べる弁当を見ると、それは母の手造りの弁当だった。俺の好きな牛肉のしぐれ煮、卵焼き、エビフライ。ご飯の上には綺麗にのりが引いてあった。俺は一瞥したものの知らん顔し、そのままいつの間にか寝てしまった。
「京都に着いたぞ。起きろ。」親父の声で目が覚めた。結局、無言のまま京都に着いた。
 京都駅からずっと親父の後ろを五歩ほど離れて歩いた。
(親父はいったい一体何がしたいのか)今までの色々な不満を反芻しながら黙々と歩いた。
 どこをどう歩いたのか分からないが、2時間ほど歩いただろうか。ふと親父の足が止まった。たしか近くには清水寺があったと思う。
 親父は振り返り、俺の方へ向かってきた。俺が目をそらした瞬間、「裕詞、お父さんの目を見ろ!」少し強い口調だった。周りにはたくさんの人がいて、皆が俺を見ている。俺は恥ずかしくなって、目線を下げたまま親父の横を素通りした。親父との距離が10歩ぐらい離れた時、後ろから大きな声が聞こえてきた。
「誰も恨むな。誰のせいにもするな。人目は気にせず、自分の信じた道を堂々と歩きなさい。」

(ざけんなよ、責任逃れか!)反発心と差恥心がない交ぜになり、俺は振り返りもせず歩き続けた。歩きながら、なぜか俺は泣いていた。涙は止まらなかった。しかし足を止めるわけにはいかない。涙で目の前が見えなくなっても歩いていた。
 気が付くと親父が俺の前を歩いていた。一言も交わさぬまま京都駅に着いた。また親父の手にはお茶と弁当が2つ用意されていた。
 次の日、退学届を提出した。

 学生という肩書きがなくなり、フリーターとしてアルバイトをして過ごす日々。仕事を選ぼうにも中卒では大した仕事の募集なんてない。社会の現実にぶちあたり、いろいろな人と喧嘩して、20歳になる直前、俺は『自分の店を持ちたい』と思い、板前になることを決意した。
(高校を辞めたのも自分で決めたこと。辞めてからの人生も自分で決める。今まで世話になった人たちへの恩返しがしたい)

あれから14年。未だに自分の店は持てていないが、昨年尊敬する先輩と二人で芝浦に新しいお店をオープンさせた。名物の参鶏湯(サムゲダン)が好評で、現在2店舗目の開店を目指し、準備を進めている。
 親父が人目も気にせず、俺に言ってくれた言葉があったから、自分の人生に責任をもってやっているのだと胸を張っていえる。あの時の親父の声は、とても優しかった。
 親父と俺の心の約束。永遠に消えることのない、ちょっと痛々しいけれど今では笑って話せる珍道中だった。