2022年
第27回入賞作品
10代の約束賞
あのこを、どうかよろしく 吉住 恒思(16歳 高校生)
「ほら、服は裏返しのままにしない!」
と、母から小言を言われているのは、僕じゃない――父だ。そこらへんにいる、いたってフツーのサラリーマンだ。
「うるせーんだよ」
そんなふうに父がいい返すから、また夫婦喧嘩がはじまる。
よりにもよって、それが墓参りの日だから、たまらない。道中の車は、まるでお葬式みたいな静けさだ。
だいたい、『墓参り』なんていうイベント自体、僕にとっては憂鬱なのだ。
お墓に眠っているのは、僕の祖父だ。母の実父で、僕が3歳のときに亡くなった。別に、祖父を嫌いだった、っていうわけじゃない。
祖父は、僕のことを溺愛していた。僕の顔写真入りのTシャツを作ろうとして、母に止められたくらいだから、相当だろう。僕だって、祖父のことは大好きだった。だから、悪い記憶なんて、なにひとつもない。
でも、それとこれとは、話が別だ。
ピクニック気分で楽しかったのは、小学生まで。往復80分もかかるのだから、家で戦隊モノのビデオでも観ていたほうがマシだ。
山の裾野にあるお墓に着いたあとも、母の小言が続いた。
「石の裏側まで、ちゃんと拭いてよ!」
さすがに、お墓の前では、父はおとなしい。母を恨みがましい目で見遣ったまま、黙々と墓石を拭いた。それから、花を生け替えて、線香をあげて、お祈りをする。
ようやく、退屈なイベントが終わった。
「ちょっとトイレに行くから、片付けておいて!」
そう言うと、母は妹の手を引いて、さっさと先に行ってしまった。
しかし、父は、手を合わせたままだ。
早く帰りたい僕は、急かすようにきいた。
「そんなに、じいちゃんに思い入れがあるの?」
「約束されたんだ」
「なにを?」
父は、ゆっくりとベンチに座った。
「ママのことを、『どうかよろしくお願いします』って、お義父さんに言われたんだ」
祖父の具合が悪くなった際、病院につき添ったのは父だった。半日かけた検査が終わると、医師から唐突に、
『余命は、三ヶ月でしょうね』
と告げられた。
帰りの途上、車のハンドルを握りながら、父は泣いていた。
しかし、助手席に座る祖父からは、
『あのこは、根は悪いやつじゃないから、どうかよろしくお願いします』
と、お願いされたらしい。
むかしの話を終えると、父は首に手を当てて、すこし体を震わせた。
「余命宣告されても、自分のことはわきに置いておいて、娘のことを想うあの姿を、俺はカッコいいなって、素直に思ったんだよ。
だから、『わかってます』って、即答した」
「それって、なかなか破れない約束だね」
「相手は、もういないからな」
「後悔してないの?」
「どうやら、それでよかったらしいぞ」
「どうして? それって、もう呪いだよね?」
父は細い目で僕のことを見ると、ニヤリと笑った。僕の背中をバシバシ叩くと、
「愛情ってやつは、時間が経つにつれて、厚みが増していくらしいぞ。こうやって、生意気な口を叩けるくらいな」
「くさいこと、言うなよな」
カッコ悪い祖父の禿頭をぼんやりと思いだすと、僕は心のなかで、
『じいちゃん、ありがと』
と、そっと呟いた。